初めての街、エリース

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初めての街、エリース

 あの日、夕方六時のことだった。  俺はいつものように遅い起床で、カバみたいな大あくびをしながら台所に出てきた。引きこもりのお定まりとして昼夜逆転生活だ。もっとも俺だけでなく、日中は株でPCに張りついている親父を除いて、お袋も妹も夜型人間だ。三度目の間抜けなあくびをしたとき、俺は口があんぐりと開いたまま固まった。――妙だ。 ―――――――――――――――――――――――――――――――― ファンタジー世界の街並、異世界情緒あふれる光景にわくわくが止まらない件 ――――――――――――――――――――――――――――――――  昼さがりのその街、【エリース】は活気にあふれていた。  街外れはうらぶれたたたずまいだったが、広い通りまで出ると様相が変わった。使い込んだ装備品に身を固めた冒険者、荷馬を引いている商人、店先で立ち話をする店主と客、街を巡視中とおぼしき箔のついた兵士、ここの住人らしき軽装な男、女、走り回る子供、腹を空かせてうろつく野良犬。  あちらこちらから人の声が飛び交っている。通りの両端は隙間なく建物が並んでいた。乳白色、灰褐色、灰白色と、白っぽい石造りの、せいぜい二階建てまでの低い建築物ばかりだ。商業地区らしく、野菜、肉、雑多な道具、剣、鎧、見たことのない生きものと、さまざまな物品が、軒を連ねる店先に並んでいた。  俺のなかで、安堵と興奮という、まったく種類のことなる精神状態が同時に隣りあった。  やっとまともに人のいる場所に来られたという安堵感。犬だらけの谷や、ドラゴンさえ出る森、むやみにだだっ広い平原、そんな人里離れ危険さえある地域から、中世ヨーロッパレベルとはいえ、文明が築いた街に。  そして高揚感。今、俺が立っているこの街角の光景は、生まれて初めて紛れ込んだファンタジー世界のそれだった。  すげえ。すげえ。テーマパークのセットだったとしてもわくわくが止まらないのにホンモノだぞホンモノ。そこらじゅうでマジモンの剣を腰や背中に下げて歩いてるとか、銃刀法なにそれファンタジーだぜ、くそ、くっそ。スマホがあったら写真撮りまくってるのに。インスタにアップしまくるのに。俺インスタやってないけれども!  現代の東京とは共通点を見いだすことの難しい、異世界情緒の漂う街角。行き来する人たちの装束は、鎧にローブにあの襟もとのとこが×になってる平民服に。誰もスーツやジーンズなんか着ちゃいない。道は砂ぼこり舞う未舗装。店の看板だって、この手の世界特有のまったく見たことのない文字でなにを書いてあるのかさっぱり――――読める。
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