異世界の街は伊勢かい?

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丼(のなかでサイコロが)ころころ 丼ころ 博打にハマってさあたいへん ヤクザが出てきて「こんにちは!」 ――――――――――――――――――――――――――――――――  夕方六時にはいつも飯ができている。が、その日、台所にはなんの用意もなく、異様に静かだった。  近所の抜け道を走る車の音や、薄い壁ゆえのマンション内の物音、話し声は聞こえてくるが、家の中は静まり返っていた。  百均で買った壁掛け時計が六時五分を示していた。もう誰かしら集まりだしていい頃だ。誰ひとり家族が出てこないなんて。  俺の鈍い嗅覚にやっと、その異様な臭いが届いた。  嗅ぎ慣れない異臭。どこからかそれが漂ってくる。どこだ。風呂場のほうだ。  俺は、そちらに向かいながら、知らず知らず鼓動が速くなっていた。臭いはどんどん強まる。  それは脱衣所からだった。ドアを開ける――  *  商店が軒を連ねるにぎやかな通りで立ち止まる。あちこちで、なんでも調合剤がそろってるとか杖をどこよりも高く買うとかの呼び込みが聞こえていた。  左右を剣や宝玉やわけのわからない道具の数々が並ぶ猥雑な店先に、前後を化繊〇パーセントの衣服百パーセントの人々に囲まれて考える。  今俺、なにが気になったんだろう。わりと重要なことがよぎったような。思い出してみる。  ろくに勝てないくせにギャンブルをやめられない依存症の親父。パチンコに競馬に株と、博打にハマってさあたいへん、ヤクザが出てきてこんにちは、ぼっちゃん(擬音)港に沈めましょ、という目にあったと言いながら普通に生きているが。  懲りずに借金を重ねてスロットに競輪にFXと繰り返す親父にあきれもせず、超然と夫婦を続けるお袋と、もはや親父は親とも思っていない俺と妹。  そんなことを頭のなかにめぐらせ、ゆっくり歩きだしたとき、数人のパーティーとすれ違った。 「毒のブレスでガスが充満したときゃあタマが縮んだぜ」  耳に入ってきた会話に、えっ、と振り返る。  甲冑に身を固めた男たちが、おっ()ぬのは貸した四万返してからにしろよ、などと、命というよりは五百円玉を落としそうになったぐらいの陽気さで語らう。  腕と防具に生々しい傷跡を刻んだ男たちは、こんにちはした反社会的勢力の皆さんと同様の威圧感――いや、日々、魔物と殺りあっているあの連中を、便利な社会でときたま抗争してる現代人と比べたら失礼か――をほのかに、にじませ去っていった。  軽い口調でずいぶん物騒な話だな。  そこそこやべーとこにいる感が改めて湧いてきて、これ夢なら早めに覚めてくれねーかなと願いつつ、今の会話も気になった。毒ガス攻撃がどうとかの部分。  毒、ガス。  どっちにもあまりなじみはない。ガスは身近に都市ガスがあるとして、毒になじみがあったら危ない奴だろ。この世界のようなゲームでならなくはないが、最近、特に覚えは。  お袋がいい年こいてネトゲにハマってて(しかも軽い廃人とくる。夫婦そろってなにやってんだ。息子と娘も引きこもりだし)、二十連ガチャで限定アイテムを引いただのとよく話しているが、こっちも毒属性がどうしたこうしたといった話題は出ていない。  お袋、毒、ガス。なんか気にかかる。この組みあわせで? そんなのネトゲと対G戦ぐらいしか浮かばない(ちなみにお袋はおもにスリッパ派だ。文字どおり虫も殺さない顔で普段ぼけーっとしてるのに)。 「さあさ、安いよ安いよ。首をくくる覚悟、死ぬ気の大安売りだ」
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