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絶対にそうでないといけないというほど悠は凝り固まった考えの持ち主ではないが、それでも長年の友である楓には最良の番を得て幸せになってもらいたいと願う。
楓はどこか潔癖のきらいがある。今まで誰とも肌を交えたことがないように、発情期の間だけアルファと関係を持つという割り切ったことをするだけの器用さとある種の妥協を知らない。だが、オメガの発情期はアルファの精でなければ鎮めることができない。今は抑制剤で抑えられていたとしても、ずっとそうだとは限らない。悠はずっと危惧しているのだ。発情期の症状が薄いオメガが、ある日突然爆発したように強烈なフェロモンを纏い、一度アルファの精を受けただけでは鎮まらないほどに発情の飢餓に苦しむことがある。それは何も一人に限らない。もう何人もそのような事例が上がっている。楓はこれに当てはまるのではないだろうかと悠は思っていた。ならば早く楓を大切にしてくれるアルファを探して番えば、楓のフェロモンは番の相手にしか効力を発しなくなる。
だが、この上司は駄目だ。人間性が駄目だと言うつもりはない。むしろ楓の相手として理想的だともいえるだろう。懐深く、穏やかで、恐らくは一途で誠実。能力があり金銭面でも苦労することはない。顔もなかなかお見掛けしないほどの美丈夫で、背も高い。これ以上ない程の優良物件だが、それでもこの上司は駄目だと悠は判断する。彼自身が駄目なのではない。彼を取り巻く環境が駄目なのだ。
しかし、悠はそれほどまでに危機感を覚えていない。むしろ安心さえもしている。この上司の番が誰だかは知らないが、それでも楓ではないことは既に確かだ。先程一瞬気にかけたのも大した理由ではないのだろう。そう悠は結論付けた。
「もうすぐ到着いたします」
ありもしない心配に頭を使うよりも、どうにか休みを捻出して楓と食事に行く方がよほど効率的だ。そう思って悠は静かに車を走らせ続けた。
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