牲(いけにえ)は新世界より(1)

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「――何だかよく分からんが、順を追って話せ。ここは何処で、どうして俺はここにいる?」 「うっ……あたしは、ジャンヌ。ここは……死霊の森の奥地にある、あたしの住処」 「死霊の森?」  なんだそりゃ。B級ホラーの舞台かよ。 「次の満月の夜、ワルプルギスがあるから、清らかな乙女(・・)の生き血が必要だったの……」 「……えーと」  大丈夫か、この女? 「そこの『ヤヌス(きょう)』に、『この世で一番美しく、まだ男の穢れを受けていない者を』って願ったら、あなたが映ったのっ!」  ま……何だな。俺には男食(あっち)の趣味はねぇし、(こいつ)は嘘は吐いていない訳だ。 「苦労して連れて来たのに、男だなんて詐欺だわぁ……あーん!」  ジャンヌはまた泣き出した。情緒不安定な女だな。  ……それにしても。  ここまでで分かったのは、この女が鏡を使って俺を連れて来たってことだが。 「『ワルプルギス』か……あんた、魔女か」  ブラウスのボタンを嵌めながら訊くと、ワンピースの袖口で涙を拭く手がピタリ止まった。 「……っく。よく知ってるわね、人間」 「デビッドだ。デビッド・レスター。乙女を浚って、饗宴の肴にでもするつもりだったのか?」 「違うわ。ワルプルギスで魔王様に選んでいただけるように、美しさを得ようとしたのよ」  ワルプルギスは魔女達の宴。悪魔を召喚し、乱交に耽ると聞く。 「ふん。そのままでも美しいと思うがね」 「――ま」  彼女の頬がパッと染まる。何だ、可愛いところもあるじゃねぇか。 「それじゃ、俺は用無しなんだろ。元の場所に還してくれ」  すぐ横の鏡を顎で示す。生娘のように上気していた彼女の顔が、再び萎れた。 「……出来ないわ」 「あん?」 「出来ないの。満月が終わったから、次の満月まで鏡を動かす力が無いの」 「マジかよ」  魔女の力の仕組みには詳しかねぇが、少なくとも1ヶ月はここにいなきゃならねぇってことか。  まぁ、久々の旅行みたいなもんだ。せいぜい、この風変わりな場所をだな……。 「それに、鏡には連れて来る力はあるけど、還す力は無いのよ」 「――ちょっと待て」  呑気な思考にブレーキがかかる。この訳の分からない場所から、還れない?  目の前が暗くなる。
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