一 中学二年生:転校と不登校

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 わたしはケータイを持っていなかった。一九九八年の話だ。仕事をしている大人なら、半分くらいはケータイを持っていただろうか。家にインターネットがあるのは、全体の半分くらいだっただろうか。そんな時代だった。  わたしは、乗り換えの駅で、家に電話をかけた。 「木場山に行ってくる」  親は慌てていた。わたしはろくに受け答えをせずに、いちばん仲のよかったひとみに電話をかけた。 「今日、ちょっと会える?」  とんとん拍子で話がまとまって、わたしはその晩、ひとみの家に泊めてもらうことになった。着替えも何も持っていなかったし、ひとみの家に上がるのも初めてだったけれど。  ちょうど、ひとみは部活のために学校に向かおうとするところだった。わたしが乗る、山道を行く列車が木場山郷に着くのは、ひとみの部活が終わる昼ごろだ。わたしは、学校でひとみと落ち合うことにした。  列車を使ったことは、あまりない。木場山郷を離れて買い物や旅行に出るときは、親が運転する車に乗っていた。木場山郷の住人にとって、二両編成の列車は、車を運転しない世代のお年寄りが町の病院へ行くためのものだった。  淡い色の若葉がキラキラする五月初めの山の景色。花が咲いている。蝶が飛んでいる。窓を開ければ、きっと、うぐいすの声が聞こえるはずだ。  外の景色は明るすぎて、睡眠不足のわたしの目にはつらかった。光が眼球の奥まで刺さってくるみたいだ。     
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