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彼と“そう”なったのは、再会して暫くしてからだった。当時お互い失恋したばかりのあたしたちは、なし崩し的に関係を持ってしまった。傷の舐め合いだとは頭のどこかで分かっていたけれど、心に空いた隙間を埋めるには丁度よかったのだ。それはあたしだけではなく、彼にとっても同じだったようだ。
以来、毎度これが最後と思いながら、幾度も夜を越えた。心までどろどろに溶けてひとつになれたらいいのに、なけなしの理性がそれを許してはくれなかった。彼に抱かれたまま死ねたらどんなに幸せだろう、と思う。キッチンから漂って来るコーヒーの香りが逢瀬の終わりの合図。カップが空になればまた日常に帰っていく。
お酒の力を借りないと会うことすら怖いような、それくらい脆い縁。引き千切るなり結ぶなりしてしまえばいいのに、臆病なあたしは絡まった糸に雁字搦めにされたまま、進むことも退くこともできずにいる。嗚呼、なんて愚かなマリオネット!ぐちゃぐちゃのままケースに閉じ込められてしまうのだ。
今宵もあたしは彼に会いに行く。今度こそ愛を囁く自由を得るために。けれどきっと、物言えぬ傀儡は傀儡師に操られるだけで、何も伝えることなんてできやしない。内懐がつきりと痛むのを無視して、ネオンが瞬く街へ歩みを進める。
願わくば、この関係に終焉と再生を。
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