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ある初冬の1日である。
私はけたたましい携帯のアラームに無理やり起こされた。布団が重い。目を開けると顔前に薄暗い天井が見える。あぁ、今日は曇りか、と落ち込んだ。
窓から、今にも雨が降りそうなほど低い鉛色の雲が見える。私の心と同じ色をしていた。その雲の影に隠れていた太陽の光が、雲の隙間からかすかに漏れていたのだが、そこまでして自分の存在を知らしめたいのか、とかえって私はそんな太陽を浅ましく思った。つまり、この日の寝覚めは最悪であった。
重いまぶたをこすりながら、黒電話の音がなるアラームを止め、そうして、布団を被ったまま、私はスマホをいじりだす。私の気分が悪いのは、このスマホが原因だった。いや、正確にいうと、こいつが見せる人間の実像が原因だ。
何気なく眺める電子媒体の画面には、自己顕示欲が顕著にあらわれている呟きと、思想のない愚痴と、血の通っていない会話。
ニュースを開いても、そこには人間の愚かさがまとめられているだけで、たとえ名誉あるニュースであっても、それを賛美する人々の言葉に賞賛する心は見えない。
人間は、醜い。トイレにあるような汚いタイルの上で、踏み殺したいくらいに。頭を勢いよく踏んで、そうしてトマトみたいに弾けて、弾けた血がタイルの上に飛び散る。そうなれば、それはとても気持ちが良い。
私は、人間の醜さの塊のようなスマホを以前から嫌っていた。窓から投げ捨てたらどれほど気持ちが良いか、とも思った。しかし、いざ投げようとすると、スマホの値段が頭をちらつく。家族や会社から急な連絡がきたらどうしようと不安になる。だから、私はこのスマホを捨てられない。
捨てられないどころか、近頃、スマホが私の生活の一部になってきているような気がしてならない。
あぁ、醜い醜い!私は、私が嫌いなものに依存している。私は人間が嫌いで、しかし、その人間から離れるのを体が拒むのだ。SNSで人間を近くに感じていないと、世界で私だけがひとりぼっちな気がして、不安で、寂しくて。私は、弱い......
私を離さないよう、がっしり身体を固定していた布団からしぶしぶ起き上がる。ベットがきしむ。いつものように歯を磨いて、スーツに着替えて、家を出る。
そうして灰色の雲をかぶりながら、私は満員電車へ向かう。
満員電車。ここも、いけない。
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