第1章

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目の前には、仕切られたスペースはいくつかあるが、特には行き分かれたスペースは無く、それぞれのスペースの棚に本がずらりと散りばめられていた。 あたしは、そのずらりと本が並ぶスペースを特に見渡すこともなく、いつもの通りに貸し出しカウンターに並ぶ。 だが、司書の方の姿さえ、見えなかった。 代わりに見つけたのは、覗いた奥カウンターの向こうで何やら本の入れ替えや、店子の整理をしている1人の青年だった。 180cmぐらいはありそうな大躯のくせに、見事なまでに脂肪がない。 その青年が作業をする手を止め、別の絵作品に見入った。 「あぁ、なんて、鮮やかなんだ。この綺麗な筆使いといい、この綺麗なひまわりの鮮やかさといい、、、、、、」 「あのー、ちょっと。」あたしは呼びかける。「はい。うん、完璧だー!!これでこそ芸術というもの!!この絵は家宝だ!!僕の家宝だ!!よし、決めた!!ゴッホ様の描いたこの絵をぜひ、僕の部屋に飾ろう!!飾ろうじゃないか!!」    「あのー、ちょっと、、、!!聞いてますか、人の話!!!」あたしの声も俄然、大きくなる。「つぶやくのー、やめてもらっていいですか?」    「はぁ?」そこで青年はやっと意識を取り戻したインコの様な顔をして、振り返った。    「あのー、あたし、竹原小学校の6年で、、、今日は本を返しに来たんですけど、、、」  気づけばあたし、竹原小学校だの、6年だの、相手にとって、どうでもいいことまで話 し始めていた。  「はい。あ、ぼぼぼぼ、僕は、この先、2丁目にある歩原高校2年の颯野玲也と申します。」そう言って、颯野さんは、ポリポリと鼻の頭を掻いた。「当主、15代目になります。」  「へー、そうですかぁー。趣がありますね。」 趣、なんていう言葉を初めて使ってみた。    「そうですか?そうですかー。」颯野さんはさり気なく視線を外した。  「はい。それで、今日はどういった御用件で?」  尚も聞いてくるので、あたしは面倒臭いなぁー、と思いながら答える。  「ですから、本を、返しに、来、ま、し、た!!」  「はい。それでは受付けます。」 そう言って貸出カウンター内に回ったところでバーコードを管理してもらってなんとか手続きは終わった。  今日も何か借りていこうかなー、と思いながら、門限は6時だったな、と考え、少し迷った後、2冊、本を借りて古書店を後にした。
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