第一章 妹の部屋

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 二階にある自分の部屋に入る。隣には妹の佳奈美の部屋があるが、どうしてもあの日のことを思い出してしまい胸のあたりが重くなる。妹の部屋には一切手を触れてないと母が言っていたのを思い出す。今回亜香里が戻って来た理由のひとつが、妹に貸したCDを見つけ出して東京に持って帰ることだった。     しばらく自分の部屋で過ごした後、覚悟を決めて妹の部屋に入ることにする。何せ妹の部屋に入るのは初めてのことだった。一時は鍵がかけられていたが、今は外されている。  そっとドアを開けると、そこは不思議な空間だった。若い女の子の部屋と思わせるものは、わずかに残った化粧品と洋服以外ほとんどなかったからだ。身体のどこか奥のほうで鈍い痛みが始まる。妹の反抗的で強い意志に満ちた目に見つめられているような感覚になる。   窓側に置かれたベッドの寝具は黒一色だった。カーテンはグレー。学習机の上には高校生の時に使っていたとみられる教科書が並んでいる。本棚には小説や文学関係の本、彼女が好きだった宇宙に関する本などがぎっしり収まっている。その隣にCDラックがあった。  寝具やカーテンの色などに違和感を持ったものの、他に特別なものは見当たらない。それなのに、この部屋には、過去、現在、未来が渦巻いているような不可解な空気が流れていた。ただし、それは気味が悪いとか怖いといったものではなく人間が本来持っている清々しいほどの精神の高みのようなものだった。佳奈美が秘密基地と言ったのは、物質的なものではなく、この空気のことだったのではないかと、亜香里は思った。  他人が入ることをあれほど拒んでいた佳奈美のことを思えば、この場所に長くいてはいけないのだろう。それに、このままいると人の運命をも吸い込んでしまうような強い力に引きずり込まれそうだった。亜香里自身にとっても、佳奈美を感じてしまい辛いことだったので、急いでCDラックへ近づく。だが、なぜかそこに目的のCDは見つからなかった。おかしい。あのCDは妹にとっても特別なものだったはずなのだ。  
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