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 平日を好まない人間はきっと多い。各人平日ならではの規則が制定され、土日祝に比べて自由度が極端に小さいからだ。一人が好きな人間は、より一層その傾向があるのではなかろうか。  学校での1日は平日規則の典型的例で、ただスケジュールに沿って平日を過ごしているだけならこれ程つまらないものはないだろう。だから生徒は皆、部活動で精を出したり何か目標をもったり、放課後友人や恋人と過ごしたり、個人個人アレンジを加えて平日を多少なりとも何か面白いものにしていくのだ。  そういう自分は、他者と比べると平日に華がない。  高校入学から約1ヶ月が経ったが、これといった友人もおらず、新生活が始まったばかりの人間とは思えないほど、俺の平日はその名の通りの平日の繰り返しだった。  ぼんやりと時の流れに身を委ねた結果、現在帰宅部に所属している。何も自分を嘆いているのではない。環境がガラリと変わろうが、友人がいなかろうが動じない自分の冷静さを発見し、生物としての環境適応能力の高さでむしろ自信がついたような気がするくらいである。何事もなく、淡々と過ぎていく1日1日ではあるが、不思議と退屈は感じておらず、むしろ一人で心落ち着ける緩やかな生活で満足していると思う。  とはいえ、学校で人と消極的に接していたにもかかわらず、印象に残る人間がいなかったわけではない。  烏丸宗司は、手始めに新入生代表挨拶を端的にかつ堂々たる態度で遂行し、こいつが入試一位の人間だという印象を新入生及び教師陣に刷り込んだ。また、入学後初めての試験では各教科でおよそ満点を取り、成績優秀者一覧表に名を馳せた。  我が校は、みながみな大学進学を目指すような進学校であったため、中学時代常に学年上位に居座っていた強者こそ多かったのだが、彼の無双ぶりの前では誰しもが霞んだ。もっとも、学力テストの場合に限ってだが。  かくして、彼こそがこの学年で最も頭のいい人間なのだと、俺の脳内にうっすらとインプットされたのである。  その烏丸宗司が、今、俺の目の前にいる。  俺は活字の羅列を眺めているとたちまち睡魔に襲われるたちなので、本屋での用事といえばもっぱら漫画購入である。そこで漫画コーナーへの最短距離を迷いなく進んだところ、いたのである。 「――あ」  目があった。なぜ、試し読みを読んでいる最中に左側、つまり俺の方に顔を向けるのか。       雑誌コーナーを抜け右折してすぐ彼の存在を認識したが、俺の対顔見知り遭遇回避用加速装置が発動するよりも早く顔を合わせることになってしまった。彼は超音波でも発しているというのか。  気まずい。  俺と烏丸は隣のクラスなので体育が合同であり、一度柔軟のペアになった間柄(他に組む相手がいなかったので)だが、ただそれだけの間柄なのである。  一方の烏丸は、鋭い眼光を一点に俺の顔に集中させている。バチバチに目を合わせてくるわりには、口を開く気配がない。目があった以上無視することもできないので、やれやれ、この際俺が口を開くしかない。 「烏丸くんは、SFが好きなのかい」  久々の再会でもなんでもない微妙な知り合いには、とりあえず真っ先に思いついた話題を振るしかないというのが俺の常套手段だ。彼の持っていた漫画は、未来から来たサイボーグと現代の超能力者による地球征服をかけた戦争漫画の第5巻で、戦闘機の作画が上手いことで少しばかり有名な作品だ。意外な趣味だと思った。 「あらすじで興味を持ってね」 「へえ」  会話が中断した。俺のコミュニケーション力など所詮この程度である。 お互い会話を切り上げたい所だろうから、俺は「また学校で」と決め台詞を残し、立ち去るつもりだった。 「鶴丸くん。鶴丸くんは、生物が得意だったよね」     
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