キスマーク

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「ねえ、それキスマーク?」 外回りから戻り廊下を歩いていると、給湯室からするりと出てきた経理の長谷川さんが、すれ違いざまに俺の肩に片手を置き、ワイシャツの襟ラインを爪でツンと突っついた。 耳にかかる吐息とチクリとする感触に、魂を持っていかれそうになり眉を寄せる。 「なに言ってんの。虫刺されでしょ」 かろうじて返事を済ませ、脇をすり抜けた。 トイレに入り鏡を覗き込む。なるほど、耳の下あたり襟の少し上に赤い花びらが見える。 とはいえ覚えがないのだから、どうせ虫刺されだろう。 さて。長谷川さんは本当にキスマークだと思ってツンしたのか。それとも、どうせそんな甲斐性はないだろうと、嫌味か揶揄いか……。 見栄を張って絆創膏を貼るべきか、はたまた無関心を装い放っておくべきか。 ふむ。 鏡の前で唸っていると、課長が俺を呼ぶ声が聞こえた。 おっと、仕事に戻らねば。
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