第2章 野蛮な鳥

7/25
205人が本棚に入れています
本棚に追加
/130ページ
僕はキリコのことが心配になってきた。キリコ本人がどうのこうのというのではなく、甘いものへの過度な執着が青い鳥の仕業ではないかという気がしてきたからだ。 僕の場合も、欲望は確かに僕自身が創り出したものだったが、最初は些細な感情から始まった。知らない間に欲望を暴走させて狂気に至らしめたのは青い鳥に違いない。 キャンディーのスティックが折れたパキっという不気味な音が耳から離れない。可愛らしいスティックが折れる程度なら問題ないが、それだけでは済まない気がする。 「先生。やっぱり社会復帰に向けたプログラムについては、もう少し考えさせて欲しいんですけど」 「何、弱気になってるの? せっかく前向きになったのに駄目よ。私がマスコミの話をしたから? それだったら私が軽率だったわ。謝る。あんな連中のことなんか気にすることないわ。ちょっと極論になっちゃうけど、法治国家なんだから胸張って社会に戻ればいいのよ」 そうじゃない。僕の立てた「社会復帰による精神崩壊計画」を青い鳥が察知して、計画の原動力であるキリコが無慈悲な攻撃を受けることが怖いのだ。 「僕は絶対に社会に戻してはならない妖怪なんですよ。そんな僕の社会復帰に尽力しているって嗅ぎ付けらえたら何をされるか分かったもんじゃない。社会ってそういうもんですよ。恐ろしいんだから」 キリコが新しいキャンディーを咥えたのが分かった。 僕は本当に怖くなってきた。自分の欲望が支配されるのも勿論、恐ろしいが、周囲にいる人間の欲望が支配されていく様を突き付けられるのは、或る意味で、自分のことよりも恐ろしい。 僕が大人しく青い鳥の軍門に下れば、周囲の人たちが傷付くことはない筈だ。 僕は念じた。青い鳥に伝わることを信じて必死に念じた。 「もう無駄な抵抗はしないので、僕以外の人間を巻き込むのは止めてくれ」 キリコがキャンディーを執拗に舐める卑猥な音が僕の鼓膜を甚振る。 「これは犯罪者の更生の話ではなく、あくまでも患者の社会復帰なんだって理解してくれるコミュニティーが必要だわ」 ピチャピチャとキャンディーを舐めながらキリコが強い口調で医療ソーシャルワーカーに迫る。 キャンディーを舐める音が気になってしまって、キリコの発言の内容は全く頭に入ってこなかった。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!