スルメの話

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 父は仕事から帰ってくると、酒のあてにスルメを焼いた。毎晩欠かさずに、焼いた。  ガスコンロの上に網を置き、軽く炙るとスルメはくるくると形を変える。同時に部屋の中いっぱいに特有の匂いがしみわたる。玄関に新聞紙を広げて、熱いまま金槌で叩くと、スルメは伸びて柔らかくなった。最後に小さくちぎって味噌で和える。 「おまえも食うか」と言って、父は銀色のボウルを僕に差し出す。口に入れてみると、これが結構おいしい。父の横に座って、叩く姿をじっと眺めるほど待ち望むようになった。  毎晩眺めているうちに、金槌の音が大きく強くなってきていることに気づいた。  父は、母に対しての暴力の矛先をスルメに向けている。そう思うと、伸びて柔らかくなったスルメの姿が母と重なって見えた。
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