第1章 入室

2/9
前へ
/12ページ
次へ
「ずっと君を、待ってた。」 そう、ずっと。彼女を思い出さない日なんて無かった。 彼女は、力なく笑ってみせた。 「…ありがとう。」 少し、声が震えていた。 ふとテーブルを見れば、湯気が立つ食べ物達がずらりと並んでいた。そろそろ夕食の時間だった様だ。 僕は彼女に手を差し伸べて、立ち上がった。 「立てる?」 「あ、目は見えるんだ。」 彼女は少し慌てた様子で立ち上がる。無理に笑っているのが手に取るようにわかった。 …それじゃあ、彼女の取られたものはなんだ? 「ただ…ね。」 彼女はそっぽを向いて、重々しく口を開いた。 もっと、酷いものだとでも言うように。 「…君だけが、見えないんだ…。」 「………。」 思っていたよりも胸に突き刺さる。 僕だけ、か…。 …まあ、いいさ。彼女が完全に視力を失うよりも、だいぶいい。僕なんか見えなくたって、何の不自由もないじゃないか。 そう、自分に言い聞かせて。 彼女に見えない顔で、笑った。 「盲目になるより何倍もいいじゃん。それよりさ、ご飯あるから食べちゃおうよ。」 タイミングよく夕食が来た事に感謝しながら、テーブルに歩む。こんなちっぽけな動作さえ、彼女には見えていない。ぎゅっとTシャツの胸倉を掴んで、色々な感情を押し殺した。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加