第1章 入室

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席につくと、彼女も同時に椅子を引く。食事の挨拶も交わさず、僕はフォークを手に取った。そもそも食事の挨拶の事を思い出したのもフォークを取ってからだった。ずっと一人で食べていた僕に、そんな挨拶は要らなかったから。 取り敢えず、眼前にあるサラダを突き刺す。レタスを狙ったつもりだったが、隣の蟹蒲に穴が空いた。そのままリボンを避けながら口に運んで、ゆっくり噛み砕く。 そして、うなだれた。 何を口にしても、味がしない。 ふと横を見れば、彼女は食事をせずに黙々と粘土をこねていた。…蟹、だ。 そう、その味はまるで、粘土細工の様だった。 「ねえ、君はさ。」 不意に彼女が手を止めて、こちらを向いた。その白いリボンに隠された目と目が合っていないのは、なんとなくわかった。 「何を、奪われたの?」 奪われた、というのはちょっと語弊がある。 だって、その自分になくなった物は今こうやって、自分の顔を囲う様に浮かんでいるから。 切るのも、切らないのも、自分次第。 「…そうだね。簡単に言えば、『叫び』かな。」 「叫び…って事は、大きい声が出せないって事?」 「うん、そういう事。」 彼女はうんうんと頷いて、前に向き直った。 「私、もっと前から逃げてこれば良かったなぁ。君が待ってくれてたんだし。」 そう言って、笑う。 でも、そんな優しい顔が歪み始めた。 遂には、リボンで見えない瞳から涙が溢れ始める。 「…やっと君に会えたのに…どうしてこんなに悲しいの?」 彼女の嗚咽だけが、静かな部屋の中で嫌に響いた。なんだか居た堪れなくなって、目を背ける様に下を向く。 なんだかんだ言ったって、あんな世界にも何か捨て難い物はあったんだ。 僕もそうだった。 でも、そんな感覚はとうに麻痺してしまっていて。
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