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席につくと、彼女も同時に椅子を引く。食事の挨拶も交わさず、僕はフォークを手に取った。そもそも食事の挨拶の事を思い出したのもフォークを取ってからだった。ずっと一人で食べていた僕に、そんな挨拶は要らなかったから。
取り敢えず、眼前にあるサラダを突き刺す。レタスを狙ったつもりだったが、隣の蟹蒲に穴が空いた。そのままリボンを避けながら口に運んで、ゆっくり噛み砕く。
そして、うなだれた。
何を口にしても、味がしない。
ふと横を見れば、彼女は食事をせずに黙々と粘土をこねていた。…蟹、だ。
そう、その味はまるで、粘土細工の様だった。
「ねえ、君はさ。」
不意に彼女が手を止めて、こちらを向いた。その白いリボンに隠された目と目が合っていないのは、なんとなくわかった。
「何を、奪われたの?」
奪われた、というのはちょっと語弊がある。
だって、その自分になくなった物は今こうやって、自分の顔を囲う様に浮かんでいるから。
切るのも、切らないのも、自分次第。
「…そうだね。簡単に言えば、『叫び』かな。」
「叫び…って事は、大きい声が出せないって事?」
「うん、そういう事。」
彼女はうんうんと頷いて、前に向き直った。
「私、もっと前から逃げてこれば良かったなぁ。君が待ってくれてたんだし。」
そう言って、笑う。
でも、そんな優しい顔が歪み始めた。
遂には、リボンで見えない瞳から涙が溢れ始める。
「…やっと君に会えたのに…どうしてこんなに悲しいの?」
彼女の嗚咽だけが、静かな部屋の中で嫌に響いた。なんだか居た堪れなくなって、目を背ける様に下を向く。
なんだかんだ言ったって、あんな世界にも何か捨て難い物はあったんだ。
僕もそうだった。
でも、そんな感覚はとうに麻痺してしまっていて。
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