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「――眠れなくてさ。起きてたら話し相手になって貰うかぁと」
「耳許で羊数えてあげようか?」
「――それはいいや。あ、…そうだ。車回せる?」
「こんな天気の悪い真夜中にドライヴ?」
目の前の厚いカーテンを引くと、サトリの耳に土砂降りのBGMが加わった。確かにドライヴ日和とは言い難い。
「悪い。止めよっか」
「誰が断るって言った?――待って!スグそっち…」
慌てたのか言葉半ばで通話は途切れた。
低いエンジン音はアスファルトに叩き付ける雨音に負けて掻き消されていた。
開かれたドアからサトリは助手席に滑り込む。颯は笑顔で迎えて、
「――で?何処に行きたいの?」
その顔を見返しもせず、シートに深く腰を沈めたまま、
「何処でもいい。夜明けまで走ってよ」
『自分から呼びつけておいて勝手過ぎる』
とも思うけれど、
「そうだね、適当に高速乗ってみようか」
颯が嫌な顔ひとつせず我侭を聞いてくれるから、勝手になれるのかともサトリは半ば開き直れてしまう。
タイヤは水飛沫を上げながら、滑らかにカーブを切る。
激しく屋根をノックする雨の音。
颯は珍しくハンドルから手を放してこちらを構わない。
眠りの緩い坂道が早くもサトリを襲ってきた。
『やっぱり――ここが一番安心する』
身動ぎして足を組み替える頃には。
眠れなかった焦りは既に無くなっていた。
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