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横目で確かめると、深呼吸のような寝息がゆっくりとサトリのコートの胸を上下させていた。
『やっと眠った』
乗り込んできた時に数日寝ていない顔であることが一目で分かった。
『今日はまだマシな方かな』
サトリが助けを求めて来るときは、こんなになるまで隠していたのかと、背筋が凍る思いをする事が多い。
のんびりなようでいて、仕事でもオフでも何かに夢中になると、自分の体のことなど二の次になるのだ。
『サトっさん、何でも自分だけでどうにかすればいいやって思ってるよね』
何時も何時も手遅れ直前なときにやってきては、
『悪い――部屋貸して』
と倒れ込むように蛻を曝す。こうなったらもう、放っておくしか術がない。
颯が欲しいものはこんな器ではないのに。彼の肌を、自分が爪を立てて傷つけた背中を、リスポンスがないと解っていながら満たされないままにただ撫でるだけ…
「――」
ハンドルを握りながら目まいを覚えた。
ライトに照らされた幾つもの白いラインが視界に入った。することがないサトリは目で追ってそれを数えていく。
「起きた?」
どうやら気付かれてしまったらしい。
「--今何処」
「茅ケ崎から丁度折り返し」
風を受けようと窓を開けようとするが、
「窓開けたら風邪ひくよ?」
右手に見える海は、霧雨のヴェールの向こう側にあった。不規則な波に揺られるハーバーのヨット達。
晴れている海より気分が落ち着くのは滅入っている自分の心にシンクロしているからだろうか。
「車止めて。外に出る」
だから風邪ひくって…と愚痴を言いながらも、結局は逆車線のガードレール沿いに車を止める。
早朝の海沿いの道は天気が悪いせいもあって、物好きな二人の外は誰も通る気配はない。
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