54人が本棚に入れています
本棚に追加
車へ入るようそれとなく促した積もりだったが、
「――」
雨で湿って重くなった髪を荒くかき乱す強い陸風を受けたまま、サトリは動こうとしない。
颯の思考のずっと外側で、サトリが何を考えているのかといえば。
雑音を遮り集中してやり遂げた後に訪れる、OFFにスイッチを切り替える瞬間、二度と目覚めない永遠の惰眠を貪ることが出来たらいいのに、という願望だ。
もしそんな事があったら、彼の隣で眠りたい。
『颯くん』
彼には迷惑だろうが。
他のメンバーには頼める訳がない。
自分の闇に、飲み込まれそうになる。
「そろそろ帰ろっか?――明日入り時間一緒だよね」
優しく促してくる颯の腕に、
『助けてよ』
叫びながら縋れたら、楽になれるような気もする。
それなのに、
結局諦めの嘆息と共に、口の端には歪んだ笑みが浮かんでしまうのだ。
「そうだね。帰ろう。――家に来るでしょ」
サトリは何気なく言ったつもりだったが、零れそうな程瞳を見開いた颯は、次の瞬間微笑んで頷いた。
「おう、泊まってくよ」
『おいおい、そんな可愛い顔してくれんなよ・・・折角我慢してんのに』
颯の目まぐるしく変わる表情の豊かさに、サトリの暗澹とした感情がどれだけ乱されてきたか。
『違うか・・・これに今まで救われてたんだな』
また颯の思考の外側を走りかけていたサトリは、笑顔が消えて怪訝な顔で覗き込むその人の頬を両手で挟んだ。
「颯くん。俺ん家に来るからには・・・いいよね」
不穏な気を察した颯は、慌ててサトリの手の中で首を振った。
「サトっさん・・・入り時間一緒だってオレ言ったよね。俺ヤダよ腰砕けでニノとかコノルンに会うの」
「アイダちゃんはいいのかよ。――帰って出来ないなら、此処でやるぞ」
反応のよさが上回るサトリは、逃げる小動物と化した颯を本能的に追い掛けるように、掴んだ腕を引っ張った。
「え?ちょッ・・・ダメだって!」
最初のコメントを投稿しよう!