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成沢といとこ同士だからか、穏やかな雰囲気が似ているというのに、俺からすれば全く別物だ。威圧感やらなんやら、得体の知れない何かを隠していると思えてならない。
「ちょうどいいですね。琉賀君もいることですし」
その微笑に、俺は悪寒を覚えた。そう、不自然な笑みに。
次の瞬間、ついに神楽坂先輩が仮面をはぎ取り、正体を現す。
「田辺、そんな奴と別れて俺のものになれ。もし断れば、お前を野球部から外す」
敬語から命令口調へ変わり、微笑も掻き消された。
「たかだか一部員にそんな権限があるわけがないと言いたいだろうが、俺はお前が辞めざるを得ない状況を作り出すこともできる。辞めさせられてもいいんなら、断っていいが?」
嘲笑を浮かべながら立ち去る神楽坂先輩に、俺は何も言うことができず、ただただ呆然と立ち尽くす。そもそも琉賀とは付き合っていないのだが、それを訂正すれば神楽坂先輩に付け入る隙を与えてしまうだろう。
「ざけんな神楽坂」とか、「俺の姫だ。お前にはやんねぇぞ」とか叫んでいる琉賀の声が聞こえた気がしたが、その声は俺の耳を素通りしていく。
「幹仁……?」
やがて俺の様子がおかしいことに気が付いたのか、琉賀は心配そうに声をかけてくる。
「冗談……だろ?こんなの夢だ。いくらここが特殊な学校だからって、俺は一度だって」
そういう対象として見られたことがないのにと続けようとして、琉賀を見て気付いた。いつになく真剣な表情をしている琉賀こそ、軽い調子ではあり、直接的な言い方をしてきたことはないが、俺に真っ直ぐな好意を寄せている。実は案外本気なのかもしれない。
「まさか、あいのものになるつもりか?」
「……分からねえ」
本当は死んでもそんなのはごめんだったが、断れば神楽坂先輩に何をされるか分からなかった。その恐怖が俺に曖昧な言葉を出させる。
すると、不意に琉賀の手が伸びてきて、俺の顎を掴んで上向かせた。
「泣きそうな目をしている」
「……っ」
いつの間にか目が潤んでいたらしく、琉賀の指摘に後押しされるように涙が零れ落ちた。そんな俺を琉賀は抱き寄せる。今回ばかりは俺も拒まない。琉賀の温かな腕のなか、優しさが流れ込んできた。
「俺、野球部を辞めたくねえよ」
そこまで部活そのものに思い入れがあったわけではないが、野球部でできた仲間のことを思い浮かべると自然とその言葉が出てきた。
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