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「はあ~、やっと終わった」  俺は部室で大きく伸びをして、着替えを始める。 「おい幹仁!鍵はここに置いておくから、ちゃんと閉めて帰れよ」 「分かった」  ドアが閉まり、部室には俺がただ一人残された。他の部員が着替えている時にも、俺だけが素振りの練習をしていたためだ。 「いい汗掻いたぁ」  着替え終わったと思ったその時、がちゃりとドアが開いた。 「よっ、まだいたのか」 「先輩……」  神楽坂先輩は人が良さそうな笑みを浮かべるが、その正体を知ってしまった俺にとっては、それは化け物の舌なめずりに見えた。 「もう決めたか?俺のものになるか、野球部を辞めるか」  そう言った神楽坂先輩は、すでに化けの皮をはいで人を見下すような嘲笑を見せた。 「まだ……です」  体中に震えが走るのを必死で堪え、俯きがちに答える。 「まあそうだよな。好きな野球、そんな簡単には辞められないよな」 「……」  神楽坂先輩が立てる靴音の一つ一つにいちいち反応し、身を縮める俺は、正直、返事をするどころではない。しかし神楽坂先輩は、それを気に止めることもなく、話を続ける。 「ああそういえば、お前の好きなあいつ、なんて言ったっけ?ああそうそう、琉賀だったな。そいつ、一年の時に付き合っている人がいたらしい」  別に好きじゃないと反論しかけた俺の口が、開いたままで固まる。心臓が嫌な音を立て、目を見開く。  そんな俺の反応を楽しむように神楽坂先輩は笑みを深め、置いてあった椅子に腰かける。そして足を組むと、俺を上目遣いに見ながら、さらに続けた。 「二年生になる直前に別れたらしいが、今でも諦められずに引きずっているという話だ」  胸の奥が痛みを訴える。その痛みの理由は。 「すみません。俺、急用を思い出したので、失礼します」  頭を下げて部室から出て行こうとする俺に、神楽坂先輩は投げかける。 「田辺、期限は二日だ。明後日の午後までに決めておけ」
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