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第11話 カナダの秋
波乱の体育祭も一応無事に終わり、知己は理科室から外を眺めていた。
東陽高校は、複数の校舎から成る。
将之や後藤などがやってくる正門からすぐの校舎が、管理棟。そこに卿子の居る事務室や職員室、会議室、校長室、進路指導室などがある。学生が自習する図書室などもその棟だ。
管理棟から渡り廊下で結ばれて、教室棟がある。これが一番大きくて、廊下だけを比べたら、管理棟のおよそ二倍の長さがあり、そこに一年生から三年生の教室が並んでいる。
更に渡り廊下が伸び、正面玄関から最奥の位置にあたる場所に、特別教室棟がある。山を切り開いて作られたような東陽高校なので、最奥の特別教室棟ともなれば木々に囲まれ、用のない生徒も教師も寄りつかない。静かなものだ。
「少し、色付き出したかな?」
理科準備室に設置された教師用机から椅子を回転させ、後ろの窓に向かい、木々を見ていた知己は呟いた。
「知己ー」
開けていた準備室のドアをノックされ、クロードが来ていたことに気付く。
「独り言?」
と聞かれ
「あ……、聞こえた?」
少し恥ずかしくなる。
クロードはそれに頷くと
「ここから、こんな風に雑木林が見えるんですね」
感心したように、知己と同じように窓を覗き込んだ。
特別教室棟の1階最奥の角部屋。鬱蒼と茂る手入れがあまりされていない雑木林が見えた。
「色付くって、leaves?」
クロードが尋ねた。
「紅葉(こうよう)だよ。この時期日本では、一部の広葉樹が色素を変える現象が起こる……って分かるかな?」
理科教師らしい説明をしたが、クロードは
「colored leaves?」
首を捻っていた。
「えっと、カラー……リーブ? 多分、それかな」
適当に頷く。
「それなら知ってますよ。Canadaにもありますから」
意外な答えだった。
紅葉は、四季がある気候を持つ日本独自の現象だと思っていたからだ。
「え? そうなの?」
「知己もThe national flag を知っているでしょ?」
「フラッグ……蛙?」
「それは frog ですね。日本語で、……『国旗』?」
「ああ、国旗」
「カナダの国旗。ご存じでしょ?」
「あ、そうか。真ん中に赤い葉っぱの」
万国旗でも、よく見かけるそれを思い出した。
「あれはmaple leafです。つまり、日本でいうところの『楓』ですよ」
「そうか。カナダは国旗に表されるくらいメープルの木がたくさんあって、カナダ産メープルシロップが有名だって、樋口先生が言ってたのを聞いたことがある」
樋口は社会科担当教師で、知己とよく話をする。その中でたまに地理学や歴史学の内容や、それに派生した雑学みたいなものを知己に教えてくれるのだ。それを聞きながら、知己は
(きっと樋口さんは、蘊蓄、雑学、歴史小説好きな将之と話が合うんだろうな)
と思ったことがある。
「そうです。Canadaの秋は、たくさんのmapleが色づき、日本の紅葉に勝るとも劣らない美しい光景が広がるんです」
「へえ。それは綺麗だろうな」
「もちろん。いつか、あなたに見せたいな」
「写真、ないの?」
「写真では、伝わりません。あの雄大さ、美しさは」
よほど好きな景色なのだろう。
「知己に見せたいのは、他にもあります」
「何?」
「ほら、これ」
クロードは今度こそ自分の携帯を取り出し、操作して、知己に写真を見せた。
「……これ、何? ゾンビが3人、仲良く群れているんだけど」
写っていたのは、ホラー映画に出てきそうなゾンビの写真だった。
(あんまり見たくなかったなぁ……)
特別嫌いでもないが、映画はコメディかアクションかサスペンスの知己は、そう思った。ホラーは好んで見ない方だ。
「CanadaのHalloweenです」
「え? これが!?」
「そして、これが私です。それと友達です」
「全然分からない! すっごい特殊メイクだな」
モデルのような美しい容姿のクロードとはとても思えない、おぞましい姿に驚く。
(あ。確かに言われてみれば、目の色は一緒だな)
そんなところしか、共通点を見いだせない。
「CanadaのHalloweenは、お化けの集会ですから。日本にもあるでしょ? えっと、『お盆』?」
「所変われば……だなぁ。日本とぜんぜん違う」
相変わらず将之はいい顔しなかったが、宗孝が遊びにくるというので、知己は実家で過ごした盆の数日を思い出す。
「日本のお盆は死者がやってきて、でも全然ホラーじゃない。死者……というか、ご先祖様の霊と一緒に過ごして『ご先祖様のおかげでつつがなく過ごせてます』って感謝して、肉食べずに鱈の胃と野菜を食べて、喧嘩したら地獄に行くぞって脅されて子供は喧嘩もせずに清らかに過ごすんだ」
知己の実家のお盆を説明したが
「Sorry. I can't understand…… 分からないword多過ぎて……」
クロードは困った顔をしてみせた。どこを質問したらいいのかさえ、分からないようだ。
それで知己は、お盆の説明を諦め、今度はハロウィンの方の説明を始めた。
「日本のハロウィンは、こんな怖い仮装しないよ。おもしろい仮装して、仲間でパーティして楽しんでいる」
「それ、CanadaのHalloweenとぜんぜん違う。家も、こんな風に飾り付けます」
「わっ! まるでお化け屋敷だ」
そこには、ホラー映画さながらの家が写っている。
「お盆ですから。死者がやってくるのですから。ちゃんと死者や死者の住まいにしておかないと、死者に生者だと気付かれて、死者の国につれて行かれては困るんですよ」
似ているようで違うなぁと、知己は思った。
「日本のハロウィンは、ここ数年メジャーになった感じ。12月のクリスマスまで大した行事ないから、10月のハロウィンはちょうどいい時期のイベントなんじゃないかなぁ」
「だから、知己に見せたいんですよ。本当のHalloweenを」
クロードは、身を乗り出して誘った。
「みんなでzombieメイク、楽しいですよ」
「楽しいか? それ」
「お菓子も貰えますよ」
「……お菓子、欲しいか?」
ツッコミしかしない知己に
「知己、ノリ悪いですね。この間、美女の仮装はノリノリだったくせに」
キれたクロードが、痛い所を突いてきた。
「……っ! あれは!」
思わず言葉に詰まる。
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