第11話 カナダの秋

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「I see. I see. 知己、Ms.坪根が好きなんでしょ?」 「!?」  言葉の次は、知己の動きも止まった。 「……なんで、分かった?」  否定できずに、思わずそう聞いてしまった。 「知己、Ms.坪根のお願いを絶対に断りませんから。見てたら、分かります」 「わ、分かる? ……やばいな。それって、卿子さんにもバレている?」 「Maybe、それはないかと」 「クロードは分かるのに?」 「Ms.坪根が気付いているなら、もっとloveな雰囲気が出ても良さそうだけど、それがないので」  クロードは、すまして答える。 (それって、喜んで良いのかどうか微妙だな) 「ところで知己に質問ですが、門脇君と付き合っているのに、Ms.坪根も好きなんですか? あなたはbisexual(バイセクシャル=両性愛者。男性でも女性でも恋愛対象)? というか、不実じゃないですか? It's dirty.」  さんざん言われ、知己は 「クロード、それは違う」  きっぱりと否定した。 「違う?」 「俺は、門脇と付き合っていない」 「ふうん。そうだったんですか?」 「Yes,I do.だ」 「……無理に私に付き合わなくていいですよ」  微妙な英語が出てくるほど、冷静に否定した。 「じゃあ、門脇君に遠慮せずに、私とCanadaに行きましょう?」 「え? なんで、そうなる?」 「言ったじゃないですか。あなたにCanadaのHalloweenを見せたい。紅葉も見せたいって」 「門脇のことはおいといても、それ、無理だな」 「ダメですか?」 「だって、俺たち高3担当だぞ。俺もクロードも主要教科なのに、その時期に旅行なんか行けるわけがないって」  高3担当に、休みなどあってなきが如しだ。  今年はクリスマスも正月もないと、知己はクロードの認識の甘さを窘めた。 「じゃあ、いつならいいんですか?」  半ば自棄になって聞くと 「えっと。敢えて言うなら、春……? あいつらが卒業すれば、ちょっとは時間有るだろ」  やっと色よい返事が返ってきた。 「いいですね。春のCanadaも綺麗ですよ」 「じゃ、まずはパスポート取らないと……だな」 「は?」 「俺、パスポート持ってない」 「why?」  今時、パスポート持っていない人間が居るなんて……。  想定外の出来事に、クロードが驚く。 「必要なかったから、な」  高校時代の修学旅行は、国内。ちなみにスキー旅行だった。大学でも生物学専攻の知己は、外国に行く必要なく、研究も調査も卒業旅行も全て国内である。 「じゃ、是非取ってください」  さらっとクロードが頼んだ。 「私、いつかはCanadaに帰ります。日本には、親の薦めもあり興味あって来ました。でも、永住するわけではありません。きっと近い未来、Canadaに帰ります」  国旗の事、景色の事、そしていつかは帰りたいと言う。  クロードの郷土愛は、よほどのものだ。 「その時……、もしよかったら……ですが、その時は知己も一緒に行きましょう。だから、パスポートは必要です」  クロードがカナダに帰国する時に、ついでに知己に遊びに来いという意味だろうか。 「? よくは分からないけど」 「お化け屋敷じゃない、我が家をお見せするし、お化け屋敷にした我が家も見せたい。あなたと仮装もしたい」 「えっと……、つまり……」 (今年は無理だから、この先のハロウィンの時期に、ちょうど休みになったら……って事かな?)  と、知己は解釈した。 (日本のことしか、俺も知らないし)  紅葉があるのは日本だけ……などと、無知な自分も反省した。 「じゃあ、休みがうまく合ったら一緒に行こう」  さっき、散々ツッコミまくった引け目もあって、深く考えずにそう答えると 「promise.」  クロードは小指を差し出した。 「?」  意味が分からずに、視線で問えば 「約束」  と言い直して、クロードは微笑んだ。 「『指切りげんまん』で、いいのか?」  幼い子供のような仕草に思わず苦笑いし、知己はクロードと小指を絡めた。  クロードが、その指を引き寄せ、ちゅっと知己の小指にキスをした。  突然のキスに慌て 「え? な、何? 何?」  と聞いたら 「promise.」  もう一度クロードは言った。 (ああ。いつものヤツか……。まったく、クロードのすることには慣れないな)  知己は、 「あ、そう」  思いがけないキスでかなり慌てたことを、少し赤くなって恥じた。 (というか、クロードほどの超かっこいい男が、それ、気軽にやっちゃダメだろ?)  体育祭での、あんな大勢の前で堂々とアカペラで歌いあげたクロードを思い出す。 (様になっていて、むちゃくちゃかっこよかった)  英語の教師だし、生まれを考えると流暢な英語は当然としても、伴奏に誤魔化すこともできないアカペラで、あれだけ見事に歌った歌唱力はすばらしいと思う。その上、声もいい。そして、この外見。白組の生徒はもちろん、赤組の生徒も見惚れていた。あの門脇に至っては「負け」を意識して、焦りもしていた。 (クロードみたいなかっこいい男に、こんなお気軽にキスなんかされたら、卿子さん……というか、女性はみんなメロメロになっちゃうんじゃないかな)  無言でクロードを見つめる知己に 「どうかしましたか?」  と尋ねた。  すると知己は 「いや……。クロードほど男前で、かっこよくって、イケメンだったら、恋の悩みとかないんだろうな……と思って」  と答えた。 (えっと……。顔のことしか誉めてませんね)  僅かにクロードの優し気な笑顔が引きつった。 「……そうでもないですよ。ちゃんと恋の悩みもあります」  意外な返事だった。  知己は、憂いを含んだ端正な横顔を眺め 「へえ。意外」  と感想を漏らした。 「かなり好きアピールしているのに、気付いてもらえてないようです」 「そうなんだ!」  同じ悩みを持つクロードに、より親近感が沸く。 (でも、俺の場合は好きアピールが弱いせいもあるかな?)  ふと将之のことが浮かぶ。 (あいつに対してもそうかも。俺が好きアピールをきちんとしないから、将之がいつも気を揉むのかもな。……って、あれ?)  はたと気付く。 (俺、卿子さんと将之、どっちが好きなんだろ?)  少し考えたが (いやいや、同じ土俵じゃ考えられないだろ)  答えは出なかった。           -第11話・了ー
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