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「I see. I see. 知己、Ms.坪根が好きなんでしょ?」
「!?」
言葉の次は、知己の動きも止まった。
「……なんで、分かった?」
否定できずに、思わずそう聞いてしまった。
「知己、Ms.坪根のお願いを絶対に断りませんから。見てたら、分かります」
「わ、分かる? ……やばいな。それって、卿子さんにもバレている?」
「Maybe、それはないかと」
「クロードは分かるのに?」
「Ms.坪根が気付いているなら、もっとloveな雰囲気が出ても良さそうだけど、それがないので」
クロードは、すまして答える。
(それって、喜んで良いのかどうか微妙だな)
「ところで知己に質問ですが、門脇君と付き合っているのに、Ms.坪根も好きなんですか? あなたはbisexual(バイセクシャル=両性愛者。男性でも女性でも恋愛対象)? というか、不実じゃないですか? It's dirty.」
さんざん言われ、知己は
「クロード、それは違う」
きっぱりと否定した。
「違う?」
「俺は、門脇と付き合っていない」
「ふうん。そうだったんですか?」
「Yes,I do.だ」
「……無理に私に付き合わなくていいですよ」
微妙な英語が出てくるほど、冷静に否定した。
「じゃあ、門脇君に遠慮せずに、私とCanadaに行きましょう?」
「え? なんで、そうなる?」
「言ったじゃないですか。あなたにCanadaのHalloweenを見せたい。紅葉も見せたいって」
「門脇のことはおいといても、それ、無理だな」
「ダメですか?」
「だって、俺たち高3担当だぞ。俺もクロードも主要教科なのに、その時期に旅行なんか行けるわけがないって」
高3担当に、休みなどあってなきが如しだ。
今年はクリスマスも正月もないと、知己はクロードの認識の甘さを窘めた。
「じゃあ、いつならいいんですか?」
半ば自棄になって聞くと
「えっと。敢えて言うなら、春……? あいつらが卒業すれば、ちょっとは時間有るだろ」
やっと色よい返事が返ってきた。
「いいですね。春のCanadaも綺麗ですよ」
「じゃ、まずはパスポート取らないと……だな」
「は?」
「俺、パスポート持ってない」
「why?」
今時、パスポート持っていない人間が居るなんて……。
想定外の出来事に、クロードが驚く。
「必要なかったから、な」
高校時代の修学旅行は、国内。ちなみにスキー旅行だった。大学でも生物学専攻の知己は、外国に行く必要なく、研究も調査も卒業旅行も全て国内である。
「じゃ、是非取ってください」
さらっとクロードが頼んだ。
「私、いつかはCanadaに帰ります。日本には、親の薦めもあり興味あって来ました。でも、永住するわけではありません。きっと近い未来、Canadaに帰ります」
国旗の事、景色の事、そしていつかは帰りたいと言う。
クロードの郷土愛は、よほどのものだ。
「その時……、もしよかったら……ですが、その時は知己も一緒に行きましょう。だから、パスポートは必要です」
クロードがカナダに帰国する時に、ついでに知己に遊びに来いという意味だろうか。
「? よくは分からないけど」
「お化け屋敷じゃない、我が家をお見せするし、お化け屋敷にした我が家も見せたい。あなたと仮装もしたい」
「えっと……、つまり……」
(今年は無理だから、この先のハロウィンの時期に、ちょうど休みになったら……って事かな?)
と、知己は解釈した。
(日本のことしか、俺も知らないし)
紅葉があるのは日本だけ……などと、無知な自分も反省した。
「じゃあ、休みがうまく合ったら一緒に行こう」
さっき、散々ツッコミまくった引け目もあって、深く考えずにそう答えると
「promise.」
クロードは小指を差し出した。
「?」
意味が分からずに、視線で問えば
「約束」
と言い直して、クロードは微笑んだ。
「『指切りげんまん』で、いいのか?」
幼い子供のような仕草に思わず苦笑いし、知己はクロードと小指を絡めた。
クロードが、その指を引き寄せ、ちゅっと知己の小指にキスをした。
突然のキスに慌て
「え? な、何? 何?」
と聞いたら
「promise.」
もう一度クロードは言った。
(ああ。いつものヤツか……。まったく、クロードのすることには慣れないな)
知己は、
「あ、そう」
思いがけないキスでかなり慌てたことを、少し赤くなって恥じた。
(というか、クロードほどの超かっこいい男が、それ、気軽にやっちゃダメだろ?)
体育祭での、あんな大勢の前で堂々とアカペラで歌いあげたクロードを思い出す。
(様になっていて、むちゃくちゃかっこよかった)
英語の教師だし、生まれを考えると流暢な英語は当然としても、伴奏に誤魔化すこともできないアカペラで、あれだけ見事に歌った歌唱力はすばらしいと思う。その上、声もいい。そして、この外見。白組の生徒はもちろん、赤組の生徒も見惚れていた。あの門脇に至っては「負け」を意識して、焦りもしていた。
(クロードみたいなかっこいい男に、こんなお気軽にキスなんかされたら、卿子さん……というか、女性はみんなメロメロになっちゃうんじゃないかな)
無言でクロードを見つめる知己に
「どうかしましたか?」
と尋ねた。
すると知己は
「いや……。クロードほど男前で、かっこよくって、イケメンだったら、恋の悩みとかないんだろうな……と思って」
と答えた。
(えっと……。顔のことしか誉めてませんね)
僅かにクロードの優し気な笑顔が引きつった。
「……そうでもないですよ。ちゃんと恋の悩みもあります」
意外な返事だった。
知己は、憂いを含んだ端正な横顔を眺め
「へえ。意外」
と感想を漏らした。
「かなり好きアピールしているのに、気付いてもらえてないようです」
「そうなんだ!」
同じ悩みを持つクロードに、より親近感が沸く。
(でも、俺の場合は好きアピールが弱いせいもあるかな?)
ふと将之のことが浮かぶ。
(あいつに対してもそうかも。俺が好きアピールをきちんとしないから、将之がいつも気を揉むのかもな。……って、あれ?)
はたと気付く。
(俺、卿子さんと将之、どっちが好きなんだろ?)
少し考えたが
(いやいや、同じ土俵じゃ考えられないだろ)
答えは出なかった。
-第11話・了ー
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