第12話 オープンキャンパス

1/6
前へ
/318ページ
次へ

第12話 オープンキャンパス

 慶秀大事務棟の壁に設置されている掲示板前に立ち、知己は何気なくそれを眺めていた。  そこには教授独特の読みにくい手書き文字で、休講の知らせが張り付けられている。さらにその横には、 「重要なことは掲示板とメールにて告知! 両方の確認を怠らないこと!」  の告知文に (時代は変わったなぁ)  と思っていた。 (俺の時は、はるばるここまでやって来ないと休講の事分からなかったもんだが。便利になったなぁ)  しかし、あの新しいものを忌み嫌う教授メンバーを思い出し、「両方確認せよ」の文に、メール送信されないものもあるのだろうな、と推測もした。 「平野」  呼ばれて、振り向く。 「家永、ごめん。呼び出して。実験の時間は大丈夫か?」 「後2時間くらいなら空いている。が、なんだ? こいつら」  知己の近くには、菊池、近藤大奈、御前崎美羽と門脇が居た。  門脇以外は、おもしろそうにうきうきと喋りながら、その辺を歩き回っている。  それに対して門脇は、番犬のように知己の側で微動だにせず、睨みを効かし、今にも家永に飛びかかりそうだった。  家永からすると、門脇がいるというだけで、嫌な思い出が蘇る。  10年来の親友の自分よりも、将之を必死に庇った知己を思い出すのだ。 (マセガキが絡むだけで、嫌な予感しかしないな)  家永は思った。 「時期的に、遅くないか?」  実験の合間だし、相手は知己なので、気を遣わない。白衣さえ脱がずにやってきた家永が、知己に尋ねる。 「俺もそう言ったんだが。『するんなら2年生の時だろ』って」 「押し切られたか? ませガキに」 「誰が、ませガキだとぅ!?」  聞きつけた番犬、……じゃない、門脇が家永につっかかる。 「そこで反応するのは、自覚があるんだろう?」 「うっせー」 「おまえ等の都合に、平野を巻き込むな」 「そうは言っても、仕方ないだろ。知己先生は俺たちの担任なんだから。オープンキャンパスの引率は、先生の仕事の一環だろ?」 「どうせ、門脇君の下心ありありの思いつきだろ? 休日に平野をつき合わせようとする悪巧み」 「うっ……!」  門脇が言葉に詰まる。 (やっぱ、家永准教授は鋭いな)  知己との違いをしみじみ感じる。 (先生もこれだけ、いやこの半分でも鋭かったら……)  知己に対し、相変わらず剛速球を投げ続けている門脇は思った。 「お前もたった4人の引率なんか、断れよ」  家永が知己に言うと 「まさか4人とは思わなかったんだよ。慶秀大といえば、この辺で一番の難関大だろ? 時期的には遅いけど、門脇が一応見ておきたいって言い出したんだ。それで俺も、最近のキャンパスの様子を見せておくべきかと思ったんだ。だけど思いの外、人が集まらなかったんだ」  美羽は、門脇の誘いとあってついてきた。もしかしたら学科は違えど、門脇と共にいけるかもしれないという期待もあって、慶秀大を志望している。  大奈は、美羽との付き合いもある。また、慶秀大はおそらく通るだろうという学力の持ち主。  よく分からないのは菊池だが、きっと門脇についてきたのだろうと思われた。  これが、門脇の誘いに乗ったメンバーだった。  他の者は、既に去年済ませたという理由が大きい。それに加え、以前のイメージがつきまとう気難しい門脇と休日も一緒に過ごしたいメンバーなど、この3人以外いない。 「キャンパスの案内なら、あそこのテントに腕章と名札つけた学生が居るだろう」 「居るね。何、あれ?」  見ると、テントを立てたその中の長机に「受付」と張り紙も出ている。よく見ると、手作りの幟には「オープンキャンパス案内し隊」と書いてある。 「有志の学生と学生会によるキャンパス案内するボランティア集団だ。受付を済ませると名札とキャンパス案内図をもらえる。頼んだら、一緒に回ってくれる」 「へえ、おもしろいな」  知己が言うと、その話を聞いていた美羽たちが 「じゃあ、受付してきますー!」  いそいそとテントの方へ向かった。  家永は、それを見送り 「これでいいな。俺は実験に戻る」  役目は終わったとばかりに、元来た理科学棟へ向きを変えた。 「さっき、2時間空いてるって言ったくせに」  門脇が言うと 「お前等につきあう時間はないってことだ。門脇君達は、学生とキャンパスを見てこい。平野は……門脇君につき合う必要はなくなったわけだ。俺の実験室に来ないか?」  家永がどんどん話を進めていく。  門脇が知己を付き合わせたいというのも見破っているのだ。  門脇は家永の理路整然とした話の進め方に、慌てるが、取り立てて反対材料が見当たらず、 「こら」 「おい」 「ちょっと待て」  と合いの手のようなことしか言えない。  それで知己も 「じゃ、そうする。門脇、キャンパス見終わったら連絡入れろ」  と携帯電話を取り出した。 「え?」  家永に幼稚な文句を言っていた門脇の動きが、ぴたっと止まる。 「何?」  何か良くなかったかと思い、知己が尋ねると 「いや、なんでもない……」  何か言いたそうにしていた門脇が、おとなしくごそごそと携帯を取り出した。 (やった! ここでまさかのケーバン、ゲット!)  番号を交換し終わると、いよいよ知己を付き合わせることができなくなった門脇に、美羽たちが 「はい、名札。このお兄さんが一緒に案内してくれるって」  美羽のかわいい文字で「東陽高 3年 門脇」とかかれた名札を渡した。 「じゃあ、ねー。担任」  見知らぬキャンパスに期待して、珍しく大奈が美羽と手をつないではしゃいぎつつ、知己に手を振った。 「おう。悪いことはするなよ」  手を振り返すと 「あははー。多分、しないー」  美羽が楽しそうに答えた。  門脇と共に行動できるのも、嬉しいのだと知己には分かった。  離れていく美羽たちを見送ると、実験棟に向かって家永が歩き出した。  その後を追うようについてきた知己に 「かわいい教え子達だな」  と家永が言った。  4人とも純粋に知己を担任として慕っている様子が伺えたからだ。門脇に関しては、さらにその上乗せの恋慕を感じるが、それでも懐いているのはよく分かる。 「あいつは特別だよ」 「あいつ?」  4人を指して言ったつもりだったが。 「御前崎美羽だろ? うちの学校でも、かなりの支持得ているって噂の子だ」  受付をさっさと済ませたばかりか、案内の手はずも整える美羽の敏腕ぶりを見てのことかと、知己は誤解していた。 「へえ」 「へえって……違うのか?」 「いや、お前がそんな話に興味持つのかと」 「門脇に教わった」 「ああ。そんな事だろうと思った」 「なんでだよ?」 「お前の恋愛偏差値、低いから。そういう噂をおいそれと聞くとは思わなくて」 「……」  そういえば、門脇にも同じようなことを言われた気がする。 (まあ、いいか。御前崎、嬉しそうだったし、俺はうまく門脇から離れられたし)  門脇を厭う訳ではないが、思いを知っている以上、あまり一緒に居るのはどうかと思う。  将之にも 「門脇君問題は解決してないんでしょ? 曖昧な態度は良くないですよ」    といつもうるさく言われている。 (高校生は、高校生とそういう恋愛した方がいい)  なんだか、やっとややこしくない普通の恋を見た気がして、知己は微笑ましく思った。
/318ページ

最初のコメントを投稿しよう!

302人が本棚に入れています
本棚に追加