第12話 オープンキャンパス

3/6
前へ
/318ページ
次へ
「確認するが、リクエストしたのはお前だったな?」 「さっき、そう言ったじゃないか」 「で、歌ったのは『Born to love you』?」 「Queenが好きなんだろ」 (いや、好きなのはQueenじゃなくて……)  嫌な予感は、どんどん膨らむ。 「名前から察するに、男だろ」 「そうだよ」 「まさか……20代とか言わないよな?」 「俺より1個下だから……27歳かな」 「……!」  そこで、がしっと知己の肩を両手で家永は掴んだ。 「え? 何? 何?」 「お前という奴は、また……!」  家永が何やら怒っている。  いや、呆れているような気もする。  とにかく、意味が分からず知己は家永の様子に戸惑った。 「……いや、早計は禁物だ。俺の気のせいかも」  嫌な予感は、家永の中で確信に変わっているが、どうしても認めたくない。  その気持ちが家永を惑わせた。 「だから、一体何なんだよ?」  知己は、家永の言いたいことがさっぱり分からない。 「平野。もう少し、そいつの事を詳しく教えてくれ」 「え……。いいけど」  家永の言うことがよく分からないが、特に断る理由もない。  知己は、記憶をたどってクロードの事を家永に伝えることにした。 「ええっと……。年も近いし、職員室の席も隣だから、割と喋る間柄だな。うちで日本に来て二校目って言ってた。よく校舎で迷子になっているみたいで、放課後にはフラフラと理科室にやってくる……かな」 (それって……平野に会いに行ってる?) 「外人だから、キス魔っていうのかな。挨拶代わりに、キスされる。あ、キスって言っても頬とか指とかだからな」 (キス?!)  家永がビクッと反応したのが、掴まれた両肩から伝わる。 「変な意味じゃないって。そりゃ、最初はびっくりしたけど……。何でも俺がクロードのお母さんの面影に似ているとかで、郷愁に駆られてのことだよ」 「……!」 (本当にこいつは……!)  黙って聞いていた家永が、知己を睨んだ。 「な、何?」  その剣幕に驚いていると 「お前、本当に恋愛偏差値、低い……」  呪いの言葉でも吐くかのように、家永はぼそぼそと呟いた。 「低い。低すぎる……」 「ええ? 意味が分からん!」  知己が異を唱えると 「名前」  ぼそりと家永が言った。 「?」 「名前でおかしいと思わなかったのか? クロード=井上って言うんなら、多分、なんか理由ない限りお父さんが日本人ってことだよな? なんで、お前が外国人のお母さんに似ているって言うんだ? お前のどこにそんな雰囲気がある? キスを誤魔化す為の、明らかな適当理由じゃないか?」 「……っ!」  知己は、漆黒の髪に瞳。門脇や将之が絶賛する着物や袴、いわゆる和風が似合う男。到底、外国の血が入っているとは思えない顔貌だった。 「で、でも、挨拶のキスだし!」 「なんで、そう分かる?」 「!」 (まさか将之にキスしてもらって、試してみたとか言えない……)  知己は、困惑した。 「特に、相手にどういうつもりか聞いたわけでもないんだろ? それじゃ、挨拶じゃないかもしれない」  相変わらず、適切に話を運ぶ家永に 「いや、絶対、挨拶だって!」  知己は言い返した。 「だから、理由は?!」 「ど……ドキドキしなかったから、だ」  思い余ってそう告げると、家永が心底 (ちょろいだろ、お前?)  みたいな残念な顔をして知己を見つめた。 「なんだよ?!」  ムキになって言う知己に 「いや、もう、どう説明しようかなって思って」 「家永……、バカな子を見つめる目をしてるぞ」  実際、そうだった。  論文に行き詰まるならまだしも、その論文さえ書けなくて卒業危うい学生を、どう指導したものか悩んだあの時の気持ちだった。 「いや、本当にもう……」  目頭……というか家永は眼鏡をかけているので、その辺りを押さえながら (バカな子ほどかわいいというが、恋愛偏差値低い子もしょうがないなぁって感じだな)  家永は、どうやったら知己に今のクロードとの状況を分かってもらえるか、考えた。 「平野。実験だ」 「え、データとる時間?」 「違う。その実験じゃない」 「?」 「言っておくが、実験だから。お前に分かってもらう為にあえてすることだから、俺に変な気持ちは一切ないからな」  やたらと念を押す家永に、理解できない知己は戸惑った。 「だから、何なんだよ?」  知己がそう言うと、家永の顔が近付いてきた。 (え?)  両肩に置かれた家永の手で、逃げられない。  というか不意打ちすぎて、逃げる気さえ起きなかった。  ちゅ……。 「……っ」  一瞬、何をされたのか、知己には理解できなかった。  頬にわずかに触れた柔らかな感触。  クロードが、よく知己にするものだった。  以前、将之にねだってしてもらったこともある、それ。 「いいいいいいいいいい、家永ぁ?!」  まさか家永がそんなことするとは思っても見なかった知己は、驚き、真っ赤になって、パイプいすごとガタガタと音を立てながら後ずさった。  目を見開いて1mほど離れて家永の顔を見つめれば、家永も同じように顔を赤くしていた。 「……と、いうことだ」  ぼそりと伝える。  自分からしてきたくせに (思った以上に、これ、恥ずかしいな)  などと今更ながら恥ずかしがっている。  そんな家永につられ、知己もますます恥ずかしいやら、訳が分からないやら。 「ええええええ? 何? 分からないよ!」  急なことで自分がパニック起こしていることだけは、知己に分かった。
/318ページ

最初のコメントを投稿しよう!

302人が本棚に入れています
本棚に追加