第12話 オープンキャンパス

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「落ち着け。平野」 「落ち着けるか!」 「つまり、そういうことだ」 「頼むから、分かるように説明してくれぇ!」  パニックが過ぎて、知己は涙目になって家永に問う。 「お前は、俺がお前を好きだというのを知っているし、お前も俺を恋愛対象だと見ているから、今、こんなにパニックになっている」 「うううううう、うん。うん。それで?」 「ど、ドキドキもしただろ?」 「ううう、うん。……した」  小声で付け足す。 (というか、続行中だ)  いまだ鳴り続ける心音がやかましくて、家永の言葉が聞き取りにくいくらいだ。 「だけど、クロード相手だとドキドキしない。だから、お前は挨拶だと思っている。違うか?」 「違わない」 「その差はつまり、相手がお前をどう思っているかに左右されない。むしろ、全く関係ない。キスする相手が平野をどう思っているのかを、お前が知っているかどうかってことなんだ」 「ごめん! もっと、分かりやすく!」  涙目になってすがる知己が、少なからず可愛くもあるが、早く落ち着けてあげたくもある。 「俺はお前の事が好きだと、平野は知っている。だから、今、キスされてそんなに焦っている。動揺しているしドキドキもしている」  無言で知己は首を力強く、縦に振った。 「でも、クロードがお前の事をどう思っているのか、お前は知らない。だからキスされても平気だし、ドキドキもしない、お前が勝手に挨拶だと思い込んでるだけだ」 「だって! 外人は、よくキスで挨拶するだろ?」 「じゃあ、いつ、している?」 (これでも、まだ分からないのか?)  まるで痺れを切らしたように家永は言い放った。 「え?」 「例えば、放課後の理科室とかで二人っきりの時とか、人目のない所でしているんじゃないか?」 「あ……」 「その反応は、思い当たるんだな」  そう言われれば、放課後の理科室に遊びに来てキスしたり、プリントを印刷していて狭い印刷室で二人っきりの時や、退校時、誰もいない玄関でされた。 (確かに二人っきり……! 他に誰も居ない時……!)  よく別れ際や、会いしなにキスされるので、挨拶だと思っていた。  自分の印刷が終わって、クロードに順番変わった時に「Thank you.」と言われてキスされた時も、感謝の意味だと思っていた。 「分かったか?」  やっと事態を理解した様子の知己に、家永は一仕事終えた気分になった。 「何度も言うけど、さっきのは実験の為にしたんで、俺にそれ以上の気持ちもそれ以下の気持ちもないから、な」 (って、俺も大抵の嘘つきだな。それ以上の気持ちなんて、大有りだっていうのに)  こんな風に知己にキスして、平常心で居られないのは家永も同じだ。  だけど、知己に変に警戒されるのも嫌だった。 「お前にねだられて、『Born to love you』歌ったのも、そういう意味だと俺は思う。平野。絶対にそいつに気を許すな」 (じゃあ、先日カナダに一緒に行こうって言ったのは、そういう意味? 日本と同じくらい紅葉がきれいで、俺とそれを見たいって言ったのは……?!)  いつか自分はカナダに帰ると言っていた。  そのときは、知己も一緒に付いてきてほしいと言われた。 (俺、観光に一緒に行こうって意味だと思っていた) (……って、俺……)  やばい。  今度の春に一緒に行こうなって約束しちゃったぞ! 「い、いやいやいやいや。でも」  おろおろとする知己に、 「あ、教授からメールだ」  家永の携帯がアラートし、メール受信を告げた。 「マジか? 教授の分のシャーレを見なくちゃならんのか」  家永は、面倒そうに席を立ち、シャーレの保管戸へと急ぐ。  どうやら、今日、たまたま研究室にいる家永に、研究の手伝いを頼むメールだったようだ。  残された知己は、未だ呆然としている。 「平野、自覚しろ」  背中越しに忠告する。 「あ、うん……」  自覚しろと言われても、何をどうしたらいいのか分からない。  曖昧に答えていると、今度は知己の携帯が鳴った。  焦点定まらず、ふらふらと電話に出る。  すると、門脇が 「先生。見学終わったんで、さっきの掲示板前に来てくれ」  と言うのだった。
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