第12話 オープンキャンパス

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 帰りの電車は、休日の昼間だというのにやたらと混んでいた。 「なんで、こんなに多いんだ?」 「野球があったみたいだな」  菊池が答える。  慶秀大オープンキャンパスの帰り、そんなに遅くない時間だったが、電車の異常な混み具合に驚く。 「デーゲームが有ってるからな」  慶秀大の帰りの路線に球場があった。  その観客と、途中から一緒になってしまったようだ。 「もう少し、早く帰れば良かったかな?」  菊池がつぶやくと 「これでも全力で、早く切り上げたんだけど」  門脇は、オープンキャンパスに行こうと言い出した張本人のくせに、一刻も早く終わらせたかった。 (家永准教授と先生の二人きりの時間なんて、少しでも短い方がいい)  おおよそ見学し終わると、すぐに 「先生を呼び出す!」  と鼻息荒く、携帯を取り出していた。 「結局、今日は何しに行ったんだ?」 「大学の下見だろ?」  答える門脇に、不意にどんと美羽がぶつかってきた。 「きゃあ! 門脇君、ごめん! バランス崩しちゃった」  真っ赤になって謝る。  門脇の前には、知己が後ろ向きで立っていた。  不意に美羽に押されて、ドア付近に位置していた知己にぴったりとくっつく形になった。  そんなことには全く気にせず、知己はドアの窓から外を眺めている。  美羽に押され、反射的に門脇はドアに手を付いた。 「大丈夫だ、御前崎。人が多いんだから、気にするな」 (それよりも先生と密着できて、ラッキー)  などと思うが、さっきから知己が上の空だ。  会話に入ってこない。  顔の真横に門脇が手を付いたというのに、微動だにしない。 「先生、大丈夫かよ?」  普段、知己は車で移動する。  慣れぬ満員電車に、酸欠でも起こしているのではと、心配になって覗き込むと 「あ、……ああ」  いまだにぼうっとした返事しかしない。  それで 「もしかして、家永准教授と何かあった?」  質問を変えると、知己はびくっと反応した。 「な、……何にもないよ」  後ろに居る門脇の方を振り返りつつ、言う。 「汗、かいてるけど?」  門脇が指摘すると 「電車が混んでるからだろ」  少し苛々した様子で、知己が答えた。 「うぅぅ、狭いっ……」  大奈も呻く。 「混雑凄いねぇ」  美羽も門脇の背中辺りで、大奈や菊池同様押し合い、苦しそうにしている。  門脇は、知己を潰さないようにドアに付いている腕に力を込め、知己のいるスペースを死守した。  やがて、駅に着く。  不運にも、知己達とは反対側のドアが開いた。  相変わらず、窮屈なままだ。 「あ。私達、ここで乗り換える」  美羽達3人は、ごそごそと人を掻き分けつつ降りた。 「え? 菊池も?」  門脇が不思議そうな顔をする。  菊池は小学校以来の友人。当然、家も近い。  だのに、早々に降りてしまった。 「満員電車乗ってられないし、近藤ちゃん達と一緒がいいからな。俺は、ここからバスに乗り換えるよ。それと」  最後に 「一つ、門脇に貸しにしようと思って」  付け加えると、ウィンクして降りていった。 (ああ、俺と先生を二人にしてくれたのか……。時々、菊池はいいこと思いつくな)  おそらく、またAVを門脇の家で見たいと強請られるのだろうが、 (3回は見に来てもいいぐらいの功績だな)  門脇は密かに思った。  門脇の後ろの連中が降りたのだから、少しは空いてもいいようなものなのに、美羽達が乗り換えで降りた駅は主要駅だった。  降りた人間以上に、人が乗り込んできた。 「うぉ?」  慌てて、門脇はドア付近の知己のスペースを死守することにした。  さっき門脇と話して少し現実に戻ってきたかのようだった知己だったが、いまだどこか呆けていて外を眺めている。 「きついな、これ」  体とドアの間に知己を挟んで、まるで立って腕立て伏せでもしているような姿勢になった門脇が呟いた。 (この電車、快速だから次の駅まで、後、30分はこの姿勢か)  少し腕がだるくなって、門脇は片手だけで支えることにした。  運悪く、門脇の後ろの人だかりが電車のカーブに合わせて、門脇を押してきた。 「……っ!」  びくっと知己が反応した。 「門脇! ちょ、その手……っ」 「あ、ごめん」  ちょうど門脇が下ろした位置だが、知己の双丘の間だった。それが押された弾みで、スラックス越しに知己の狭間に入り込んでしまった。 「……手、動かせるか?」  混み合っているのは分かっているが、位置が位置だけに恥ずかしい。 「努力してみる」  いつものジーパンなら、ここまで手の感触を伝えてこないだろう。生憎今日はオープンキャンパスの引率ということでスラックスを穿いていた。柔らかな布地が、門脇の手の位置や動きを如実に伝えてくる。  もぞりと、門脇がそこから位置を変えようと動いた。 「……ぁっ!」  びくっと、やはり知己が震える。 「ごめん、大丈夫?」  小声で門脇が聞くと、知己が 「大丈夫じゃないけど、仕方がない」  ぼそぼそと小声で答える。  なんとかそこから手を抜こうとするが、それほどの隙間もない。それどころか、電車の動きに合わせ、乗客が右に左にぎゅうぎゅうと押してくる。 「んっ……! ぁ……!」  妙な意図はないが、とにかく手の位置がまずい。  体ごと押され、門脇の指が、知己の更なる狭間に入り込む。 (いよいよ、やばい)  まるで知己に痴漢でもしているようで、門脇は誤解受けぬよう手をぐっと握り込んだ。 「ぁ、ぅっ……」  門脇の拳の先が、布越しに窄まりを押し上げるかのように触っている。  力込めて握られる拳から、門脇の本意ではないことは十分伝わる。 (だけど、こんなの……)
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