第12話 オープンキャンパス

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 電車が揺れる度に、ぐっぐっと微妙な所を押され、知己は真っ赤になってしまった。  その上、なんとかそこから手を出そうと、時々もぞもぞと門脇が動かすのだ。 「んぁっ。……も、動かさなくていい、から……」 (動かさなくていいって言われても)  できるだけ動かさないよう、努力しているのだが。 「……っ……!」  電車の揺れや後ろの人に押され、その度に知己を変に刺激してしまっているようだ。 (くっそ、先生の声で変な気分になる……)  周りに変に思われたくなくて、知己は下を向いて、声を出さないよう耐えていた。それでも時々、耐えられないらしく 「ぁっ……!」  俯いたまま、小さく声が出てしまっていた。 「……ん、っ……!」  知己が短く息を吐く。 (先生も、前を弄られている訳じゃないのに、後ろを触られて変な声出すなよ。……って、なんで男が尻を触られて、こんな声出るんだ?)  よく夢の中の淫らな知己が、こんな声を出している。  どうしても、それを思い出してしまう。  やがて、門脇は自分の変化に気付く。 (や、やばい。恐れていたことが、ついに……)  知己の声に反応してしまった自分のものが、拳とほぼ同じ位置で知己を突つき始めたのだ。  それは、ぴったり背中をくっつけている知己にも感じられ、知己は 「か、門脇……!」  諫めるように呟くが、こうなってしまっては門脇もどうしようもない。  気を逸らそうにも、ぎゅうぎゅうと押しつけられる知己の後ろに、否応なく反応してしまうのだ。  ますます堅くなるものに 「仕方ないだろっ! だって、身動き取れないんだし(先生の声はエロいんだし)……!」  小声で自分の正当性を説いた。  お互いに不本意であるが、状況が状況だけに、悪化の一途を辿っている。 「ゃ……っ!」  直接ではないものの、窄まり付近や太股に門脇のものが拳と共に当たる。  腰を動かして、逃げようとするもそんなスペースもなく、むしろわずかに腰を前後に揺する動きになるので、ますます門脇を煽ってしまっていた。 「先生、わざと動かしてない?」 「するか!」  冗談とも本気ともいえない会話をするのは、黙っていたらますます妙な雰囲気になるのを、お互いに避けたい為である。  その時である。  電車が大きくカーブし、乗客もそれに合わせ、ぐうっと大きく傾いた。  知己は (チャンスだ!)  と思った。 (門脇が動けないんなら……!)  扉とのわずかに空いた隙間を使い、体の向きをぐるりと180度変えて、門脇の正面に向いた。  これで尻を触られたり、門脇のもので突つき回されずに済むと思ったのだが。 「あ、ばか!」  門脇が知己の行動を批難する。  意味が分からなかった知己も、その向きになって初めて気付いた。 「う……」  身長が同じくらいなので、知己の顔の正面に門脇の顔がある。鮨詰めの車内で、それはキスできそうなくらいに近い。  門脇は右腕を上げて、知己のスペースを確保していたし、知己が動いたので左腕が知己の腰に回ってしまった。 (なんて状態だよ……)  やばいと思い、気まずそうに顔を背ける門脇だが (くっそ。この状態……近過ぎだろ?)  背中を乗客に押され、知己の顔が門脇の肩に乗り、まるで抱きしめるような形になってしまった。 (あ、先生。めっちゃ、いい匂い……って、ダメだろ、俺!)  邪な感情に流されそうになる門脇と、もはやどうしていいのか分からなくなって青ざめる知己。 「か、門脇……、いいかげんに、しろよ……」  下半身の方は、もっと凄いことになっている。 「でも、先生も反応してるし」 「あれだけ尻を撫で回されたら……!」  小声で言い合うが、事態は全く改善されない。  むしろ、押しくらまんじゅうよろしく後ろの乗客に押され、幾度となく門脇はハグを繰り返してくる。 「……っ! 門脇ぃっ!」 「不可抗力だって!」  その度に知己は、声を殺して男に抱きしめられる羞恥に耐えるのだった。  そんな地獄のような満員電車から、やっと解放されたのは、次の駅に着いたときだった。  ちょうど知己側のドアが開き、人の流れに合わせて、知己と門脇は降りることができた。  続々と改札に向かう人の流れから抜けだし、ホームで二人、30分もの濃厚接触したダメージ(?)で、すぐには動けずにいた。 「今日のことは……」  最初に口を開いたのは、知己だった。 「お互い、犬にかまれたとでも思って」 (とんでもなく可愛い三十路近い黒犬だな) 「すっぱり忘れよう! な、門脇」 (あんなこと、忘れられるかよ)  げっそりと語る知己に、門脇は聞いているのかいないのか、全く返事をしなかった。 「とりあえず……」  ホームに人がかなり少なくなって、やっと門脇が口を開いた。 「俺、トイレに行ってから帰るわ」 「っ! ……門脇ぃ!」  何を目的にトイレに行くのかが分かり、ポケットに手を突っ込んだまま歩きだした門脇の背に向かって、知己は叫んだ。 「先生……、痴漢には気をつけて帰るんだぞ」  振り返らずに小さな声で言ったが、どうやら聞こえたらしい。  再び 「門脇ぃ!」  という知己の怒号が聞こえた。           ―第12話・了ー
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