第13話 文化祭・再び

1/6
前へ
/318ページ
次へ

第13話 文化祭・再び

 東陽高校の文化祭は、毎年11月最初の金・土・日の3日間で行われていた。  この日のために、文化部は展示や出演の練習に大忙しだ。また、文化部の三年生はこれを期に引退していた。  その初日。 「平野先生。文化祭はどうされます?」  坪根卿子が尋ねてきた。 「どうって?」  毎年、卿子と職員室で留守番を決め込む知己は、質問で返す。 「見に行かないんですか?」 「もう、一通りは見ましたよ」 「早っ!」 「うちのクラスは何もしないんで、あっさり終わりました」  担任している文化部の生徒の動きを見に行ったのだが、時々 「先生。これ、私の作品」  と言われでもしない限り立ち止まらない。  本当に「見る」だけなので、1時間もすれば終わる。 「……珍しいですね。わりと3年生は、受験への発散とか最後の記念にってことで色々と出店するクラスが多いのに」 「誰もクラスで出店を言い出す人が居なかったので。それぞれで役員として仕事しているヤツや、部活の方でやっているヤツは居ますよ」  御前崎美羽は、昨年の手腕を買われ、文化祭時限定の臨時生徒会役員として出払っている。  クラスでそういうのを企画しそうな、近藤や菊池も 「レクじゃないなら、レク委員の仕事じゃない」  と沈黙守っているし、学級委員の門脇に至っては、 「先生と劇したい」  とかふざけたことを言っていたが、知己が 「誰がするか」  と断ったら、おとなしく引っ込んだ。 「きょ……坪根さんは、この後どうするんです?」  知己が尋ねると 「樋口先生のクラスが喫茶店を出店しているので、来るよう誘われているんです。時間を見つけて、それに行こうかと。でも来賓の接待があって、お茶だしとか色々しなくちゃいけないんですよね。初日ですから、今日は忙しいですね」  卿子が答えた。  昨年、まったりと知己と過ごしていたことを思い出す。  あれは最終日のことだった。例年、初日は忙しい。 「あ。樋口先生の所に行くのなら、俺も一緒に」 「すみません。来賓の接待の合間に行こうと思っているから、何時って約束ができないんです」 「あの、じゃ、卿子さ……じゃなくて、坪根先生が空くまで職員室で待ってますけど」  知己にしては、珍しく食い下がってみたが 「それは悪いですよ。私の仕事の都合に振り回すなんて」  卿子のすまなさそうな顔に、それ以上言うことはできなかった。 (俺って、ヘタレだな)  理科室で一人、知己は思った。  文化祭は管理棟と教室棟を主に使い、特別教室棟は相変わらず人の気配がない。遠く、文化部の出し物や個人の出し物があっている体育館や講堂で歓声が聞こえてくるくらいだ。  あのまま職員室に居ては、卿子に変に気を使わせそうと思い、知己は理科室にやってきた。 (でも職員室に居たら、時間できた卿子さんに声かけてもらえたかも)  理科室に来たのは失敗か? などとうだうだ考えていたら 「先生、ここに居たのか? 何やってんだ?」  門脇がやってきた。 「備品の整理」  一瞬、卿子が誘いに来てくれたかと期待した分だけ、不機嫌に返事してしまう。  毎日片付けている筈だが、テスト期間中はどうしてもおざなりになってしまう。ボランティアでやってくる門脇達も、その期間は 「テスト勉強しろ」 と出禁にするので、片付くことはない。  文化祭の授業のないこの三日間を機会に、ごちゃごちゃとした試験管やビーカーなどの小物を種類ごとに整理しようと思った。 「そんなの後回しにして、文化祭、一緒に回ろうぜ」 「いやだ」  どう考えても、教師(知己)が生徒(門脇)と二人っきりで文化祭を回るなどおかしい。 「菊池はどうした? お前一人だと、理科室立ち入り禁止の筈だよな?」  メスシリンダーを片手に聞くと 「菊池と近藤は、臨時役員の御前崎と一緒に文化祭の仕事手伝っている。だから、仕方ないだろ?」  ぶつぶつと門脇が答えた。  御前崎の臨時生徒会文化祭役員の仕事を、菊池と近藤はサポートしていた。 「お前はしないのか?」 「そんなの面倒。それよりも、先生と一緒に居たい。一緒に回らないんなら、ここに俺も居る。いいだろ?」 「ダメ。約束違反だろ」 「石頭。今は放課後じゃないのに」 「うるさいな。約束の盲点突くような交渉は、やめろ」  さすがに門脇もそれは諦め 「じゃあ、最終日のフォークダンスは一緒に踊ろうな」 「嫌だ」 「誘いに来るからな」 「嫌だと言っている」  知己の言うことをまるっと無視して (誘いに来るのは、俺じゃないもんね。事務のお姉さん先生に頼んでおこう)  ちゃっかり知己をダンスに引っ張り出す画策を練っていた。
/318ページ

最初のコメントを投稿しよう!

302人が本棚に入れています
本棚に追加