第13話 文化祭・再び

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 門脇が居なくなって、やっと静かになった理科室だったが、15分も経たない内に 「知己ー!」  今度はクロードが理科室に飛び込んできた。 「……クロード」  思わず身構えてしまう。先日の家永の忠告が生きているようだ。 「?」  不思議そうな顔をするものの、特別気にする様子もない。 「どうして体育館に来てくれなかったんですか?」 「あ」 (そういや、クロードから誘われていたのを忘れていた)  クロードは、先日の体育祭での歌唱力を買われ、文化祭で吹奏楽部の演奏の後半、お遊びパートで歌って盛り上げる役を頼まれた。  それに誘われていたのを忘れていた。 「ごめん」 「面白かったのに!」 「何やったんだ?」 「フラッシュモブです」 「なに、それ」  聞くと、ステージに居る吹奏楽部の演奏に合わせて、クロードがMジャクソンの「Beat it!」を歌ったらしい。  歌に合わせ、フロアにいるダンス部のメンバーが数人踊り出し、周りにいる生徒たちも巻き込んでのダンス大会になったという。周りの生徒たちの中にもダンス部が紛れ込んでいて、うまく扇動した。若い生徒たちはすぐに見よう見まねで踊りだし、それはそれは盛り上がったらしい。 「盛り上がりましたよー! MichelJacsonだけじゃなくLady GAGAとか、きゃりーぱみゅぱみゅとか」 (クロード……、きゃりーも歌えるのか?)  楽しそうなクロードとは対照的に (い、行かなくてよかった……)  賑やかなのが苦手な知己は、心底思った。  きっとそこに居たら、生徒たちに無理矢理踊らされたに違いない。 「ところで、知己はここで何を?」 (その質問は二度目だな)  持っていた実験用のろうそくをクロードに見せると 「もしかして、……SMぷれ……」 「違うよ」  意外すぎる反応に、知己はすべてを言わせなかった。 「片付けだよ」 「片付け?」 「実験後に生徒たちに片付けさせるんだけど、いい加減なんだよ、あいつら。適当に入れやがる。で、適当に入れられたら、後の奴らも何をどこに入れるか分からなくなって、更にいい加減になっていく。ほっとくとどんどんごちゃごちゃになる……悪循環ってヤツだな。最終的に、俺さえも何がどこにあるのか分からなくなる」 「意外に細かいんですね」 「悪かったな」 「私、手伝いますよ」  クロードが理科室の中に入ってきた。 「いいよ。文化祭は3日間もあるから、そのうち片付く」 「遠慮しないでください。職員室も人が少なくて面白くないんで、ここに居たいんです」  クロードがフラスコを並べている棚に行き、三角フラスコ丸底フラスコをきれいに並べ出した。 (職員室に人が少ない……)  ぴくりと知己が反応する。 「……きょ……」  卿子が何をしていたか気になって口を開いたが、すぐに閉じた。 (いや、よそう)  ここで卿子目当てに、職員室に戻るのも変だし。一緒に回るのは諦めて、これを期に理科室の片付けをしようと決めた筈だし。 「Ms.坪根なら、来賓のお茶出しに忙しそうでしたよ」  フラスコを片付けつつ背を向けたままのクロードから、気を利かしてくれたのだろう、知己の聞きたい答えが返ってきた。 (あ、バレてた)  と、知己は思った。 「今日は初日だから、お客さん、多いみたいです。職員室のキッチンと校長室を行ったり来たりしてました」 (まあ、初日は毎年そうだよな) 「狙い目は、三日目でしょ?」 「……っ!」  見透かされた発言に、知己が持っていたシャーレを落としそうになった。 「忙しそうですね、卿子さん」 「あら、中位さん。お久しぶり」  クロードの報告通り、卿子はお茶出しに勤しんでいた。  お盆片手に、職員室で先客の使った湯呑みを片付けていた時、将之が卿子を見かけて声をかけた。 「体育祭以来ですね」  話しかける将之に 「本当に。あ、どうぞ、校長室においでになって。今、お茶を入れます」    卿子が誘う。 「いや、今日は後藤が正式な来賓なんです。僕は、付き添い……というか、後藤のお目付け役かな?」 「え? 後藤さんもおいでになってるんですか?」 「ついさっき、校長室に入っていきましたよ」 「やだ。入れ違いになっちゃった」 「かもしれませんね。今日は来賓が多いんでしょ? 卿子さんがお茶出しに往復している間に」 「私、後藤さんにお茶を出してきます」 「すみませんね」  そう言うと、将之は廊下側へのドアに手をかけた。 「あら? 中位さんは?」  新しく二人分の湯呑みを用意していた卿子が手を止めて、尋ねる。 「僕は、後藤が校長先生に挨拶している間に、平野先生の仕事ぶりを見てきますよ。後藤は久しぶりの来校だから、色々伝達事項があるようです。それに時間がかかって、文化祭自体の見学はまだ行けそうにないので」  後藤が久しぶりの来校になったのは、後藤自身に問題があった訳だが。その間の連絡事項が溜まっているらしい。 「平野先生なら、多分、理科室にいると思いますよ。文化祭自体は見終わったと言ってましたから」 「そうですか。ありがとうございます」 「あ」  卿子が何か言いかけて、やめた。 「何ですか?」  卿子の様子に気付いて、将之が続きを促すと 「あの……気のせいかもしれないんですが、平野先生に気をつけて……」 「は?」  思いがけない要注意人物の名に驚くと 「ええっと……私や樋口先生にはないんですが、若い男性っていうのかな? クロード先生限定なんだけど、最近、妙に凶暴なので」 「凶暴?」 「以前はクロード先生が肩を組んだり、腰を抱いたりしてスキンシップしても、まあ外国の人だしそんなものかなって感じだったのに、最近はクロード先生の手を抓ったり叩いたりしているから」 「へえ……」 (あの男、そんなことしていたのか……)  スキンシップという名のセクハラと思っていると 「若い男性の方限定のことなら、中位さんや後藤さんも危険かな……と思って」  卿子が心配して、告げた。 (それは、いい傾向かな……)  将之は思った。 (先輩は性的な対象に見られると、相手に対して粗暴になる傾向があるから)  知己の、自分に対する行動を省みる。 (クロードさんが恋愛対象になって、警戒意識が芽生えたってことか?)  将之は、にぎやかな文化祭を横目に、まっすぐに管理棟から一番遠い理科室へと向かった。
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