第13話 文化祭・再び

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「Ms.坪根に告白はしたんですか?」  今度はフラスコがきれいに並んだ棚を背にして、クロードが尋ねた。 「できるわけないだろ」 「Why?」 「なぜって言われても」  改めて聞かれて、考える。  卿子に片思いして、約4年も経つが 「……そういう機会がない。そういう雰囲気にもならない」  思い当たることを口にしてみる。 「ああ、なんとなく、それは分かります。あなたもMs.坪根も、そんな雰囲気になりにくいですから」  同じ年で喋りやすい相手としか認識できないのは、卿子はともかく、自分の恋愛スキル低いことに由縁しているのだろうなと知己は薄々感じている。 (家永にも「恋愛偏差値低い」とか言われたし) 「第一、そんなの……恥ずかしくて、なんと言ったらいいかも分からない」 「今はやりの草食男子?」 「違う」 「振られるのが怖くて、告白しない男子が日本に増えていると聞きました」 「え……」 (振られるのが、怖い?)  自覚はなかったが、そうなのだろうか? (いや。やっぱり、そういう機会がなかっただけじゃないかな?)  思えば去年、フォークダンスで卿子と手をつなげるという下心あっての参加だった。まさか同じ女子列に並ばされるとは思わなかったが、あれでもし手をつないでいたら、告白は無理でもそれっぽい雰囲気になれたのではないだろうかと悔やまれる。それを皮切りに、卿子のしゃべり仲間から恋愛対象に格上げされたかもしれない。 「機会ないから告白しない。だったら、今となんら変わりませんよ。逆に告白したら、状況変わるかもしれません」 (告白か……)  ふと、門脇のことを思い出した。 (あいつ……。玉砕覚悟で、でも、きっちり告白してきたからな)  こうなると、門脇の勇気を誉めたくなる。 (……いや、絶対に誉めないけどな)  告白した相手が、同性の自分相手でなければ、きっと本当に誉めただろうが。 (そう考えたら)  異性の卿子に告白しない自分の方がおかしいのだろうか? 「Canadaでは考えられません。日本人、奥手すぎ」  親身に相談に乗ってくれるクロードに (家永の考えすぎじゃないか。こんなにも俺の恋を後押ししてくれるクロードが、俺のことを好き? ありえなくね?)  最近、以前のようにスキンシップしてくるクロードを意識して、距離を取っていたのが恥ずかしく思えてきた。 (めっちゃいい奴じゃねえか、クロードって。最近、スキンシップで手を叩いて過剰に反応してすまん……)  自分に気があるなんて自惚れもいい所だと反省し 「ん……、そうかもな」  薬品庫の整理を終え、扉に鍵をかけつつ素直に答えた。 「なんなら今、告白の練習、しておきます?」 「は? なんで、そうなる?」  突然のクロードの提案に戸惑う。 「今なら私と二人だけだし、練習にうってつけでしょ? 大体見ていて、じれったいんですよ。知己は」 「……っ!」  言われても仕方がない。  4年も進展なし、なのだ。 「Ms.坪根は綺麗だし、年も30手前でしょ? もたもたしてると誰かに持っていかれちゃいますよ」 「それは困る!」  反射的に、思わず本音が出る。 「じゃあ、告白!」  心なしか、クロードの鼻息が荒い。 「ぅ……っ!」 「Be 肉食Guy!」 (クロード、興奮しすぎて、日本語がまためちゃくちゃになってる……)  だが、クロードの言うことに一理ある。  卿子との話相手から恋愛対象に上場されるためには、告白、ないしそれに類似したアクションは欠かせない。 「しかし、クロード相手に告白は、練習でも無理……」  未だに弱気な発言をすれば 「Close your eyes!」  とうとう母国語で叱り始めた。 (ええっと、「目をつぶれ」かな?)  なるほど。  これなら、クロードではなく卿子を想像しやすい。 「All right. And……Rapeat after me.」  いつもの英語の授業さながらに、クロードは指示を出す。 「I cherish you.」 「え? え?」  うまく聞き取れずにオロオロして聞き返すと、有無を言わぬ雰囲気で 「Rapeat after me.」  ただ、繰り返しなさいとクロードから指示が出た。 「日本語で言えないんじゃ、英語で告白したらいいんですよ」 (あ、ちょっと落ち着いたな、クロード)  目を瞑っても、言い方でクロードが落ち着いた様子が伺えた。  だが新たなる疑問が浮かび、目を開けてクロードに尋ねた。 「でもさ、それじゃ卿子さんにも伝わらないんじゃ?」  知己自身も分からぬ告白を、卿子に分かってもらえるかどうか、不安になる。 「その方が、あなたも無駄に意識せずに言えるでしょ? 後で、言われた意味に気付いてMs.坪根がじわっとときめくんですよ。そういう作戦です」 「な、なるほど……」  それなら巧く言えそうな気がする。 「気付かなかったら、縁がなかったっということで」 「おい」 「It's a joke.その時は、私がさりげなくサポートします。とにかく、まずはあなたから告白しなくちゃ。それは、私ではどうしようもない。知己。あなたでなくては、いけません」 「……分かった」 「I love you.なんて、分かりやすいこと言っちゃダメですよ。ちなみに全部『あなたが好きです』的意味の言葉の練習をします」 (まあ、そうだな。俺もなんとなくそういう意味の言葉ってくらいの方が、意識せずに告白できそうだし。いい作戦かもしれない) 「じゃあ、行きますよ」 「おう。こい!」  やっと知己は本気で告白の練習をしようと決心し、改めて目を瞑った。 「I cherish you.」 「あ……、I cherish you.」 「知己。変に照れないで。きちんと言いましょう。Once more! Rapeat after me.『I cherish you.』」 「I cherish you.」 「So good!」 (あ、やっと褒めてもらえた)  知己はなんだか嬉しくなった。 「I think of you dearly.」 「I think of you dearly.」 「I want to marry you.」 「I want to marry you.」 「I'm so glad I met you.」 「I'm so glad I met you.」 「It is fate that we met.」 「It is fate that we met.」  もはや、無我の境地。 「I can't live without you.」 「I can't live without you.」  何も考えずに、ただクロードの言葉を繰り返す。 「Kiss me,please.」 「Kiss me,please.」  そう言った後、知己の唇を柔らかなものが触れた。 (……え……?)  それがそのまま唇を覆ったかと思ったら、慈しむように優しく吸いついた。
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