第13話 文化祭・再び

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「……っ!」  驚いて目を開けると、目の前にはクロード。 (え?! ええええええええええええ!?)  金色の長い睫の一本一本さえもはっきりと分かる至近距離に焦り、知己は後ろへ下がろうと身じろぎした。  すると、逃げようとする気配を察知され、両頬を挟むようにクロードに抱えられた。 「んっ……!」  頬を抑えられた時にわずかに唇が浮いたが、そのまま角度を変えて再びキスされ、知己は呻いた。  先ほどの唇を覆われただけのキスと違い、今度はちゅっと音を立てて吸われ、知己はその音を聞いた瞬間に真っ赤になった。  門脇の言うように、高身長のクロードのキスは、まるで上から降ってくるようだ。  平衡感覚を失って椅子から転げ落ちそうな錯覚を覚え、たまらずクロードの背に腕を回し、服を掴んで堪えた。  その時。  がらりと勢い良く理科室のドアを開ける音が聞こえ、反射的に二人は離れた。 「おや、知己にお客さんだ」  特に慌てた様子を見せずにクロードが言う。  ドアを開けたその人物を認めて、知己はまさに凍り付いた。  無表情なその男が、静かに口を開いた。 「I'll dismiss you.(お前なんか解雇してやる)」 「I think it's proper to decide by violence in this case.(まだ殴り合う方が、潔いと思いますけど)」 「However, I don't think that I lose a fight.(それでも負ける気はしないよ)」 「It's accidental. I'm unanimous, too.(奇遇ですね。私も同意見です)」 「But I don't hit you. Because when I hit you, I can't dismiss you.(そうするとお前を解雇できなくなるから、しないよ)」 「Oh! Scared! It is high revenge.(おお、怖。大人な仕返しですね)」 「……」  そうは全く思っていない態度のクロードを無視して、理科室に進み入った。  それを止めるようにクロードが 「What do you come here on?(彼に何の用?)」  引き続き、話しかけた。 「I have nothing to do with you.(君には関係ない)」 「That's not true.(そんなことはない) If you make him have a cruel experience, I don't permit you.(彼を酷い目に遭わせたら、黙っちゃいないよ)」 「You have no right to say that to me.(そんなことを言われる覚えはない)」 「No.(あるよ) Anyone can't kiss alone.(キスは一人ではできないもの)」  それには答えずに、やはり無表情で 「……Return to work.(仕事に戻りたまえ)」  とだけ、言った。 「……」  クロードは知己のことが気になっていたが、将之の有無を言わさない態度に後ろ髪ひかれつつも去っていった。  知己には、二人が英語でやりとりするものだから、何を言っているのかは全く分からない。が、異様な雰囲気だけは伝わってきた。  様子を固唾を飲んで見守る知己だったが、クロードが去ったのを見て、やっと 「将之……」  絞り出すように声をかけた。 「あの、これは……!」  先ほどの自分の行動の説明をしようとしたが 「話は後で。こんな所でできる話じゃない。そうでしょう?」 「あ……、うん」  全く目を合わさずに、将之が淡々と告げる。 (完璧に怒っている……!)  怒鳴られる方がまだいい。  殴られるのだって厭わない。  だのに、この男は怒りが深ければ深いほど、静かになるのだ。  これだけの冷静な対応。 (相当、怒ってる……!)  それ相応のことをしてしまったとは思ったが、将之の様子に、ただただ狼狽えるばかりだ。 「……僕は、これで」  と告げると、将之は来たばかりだというのに、廊下へ戻っていった。  再び静かになった理科室で、何か歓声が聞こえる。  あの方向は体育館だ。そこで、何か催し物があっているのだろう。  一人残された知己は途方に暮れ、倒れ込むように椅子にその身を任せ、歓声を遠く聞いていた。 (……なんで……、こうなった?)  あまりの出来事の連続で、頭が飽和状態だ。  クロードからの突然のキス。  それだけでもパニックものなのに、それを将之に見られてしまった。 (ああ、考えがまとまらない)  なにやら、頭痛さえ起こってきた。 (家永がちゃんと忠告してくれていたのに……)  卿子の話題になって、親身に相談に乗ってくれているクロードに友情を感じた。  それがいけなかったのか? (クロード、どうしてキスなんか……)  本当に、自分に好意を寄せているのか?  ただのいつものスキンシップの延長? (それでいくと、行き過ぎたキスだ)  あんな目を瞑ったままの不意打ちのキス。 (卿子さんの話を利用して……、卑怯だろ)  だけど、どうしてもクロードを信じたい気持ちが拭えない。  痛む頭の中で、疑問が次々と湧き起こる。  それは知己の中で、湧き出るだけで一向に消えはしない。  クロードの真意はどこにあるのか。  もやもやとした嫌な感情に囚われ、 (クロード、どういうつもりであんなキスを?)  湧き上がる疑問の答えを求め、一人理科室に籠ることができず、居ても立ってもいられずに、知己はクロードが戻った職員室へ行った。
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