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「……だ、いち?」
「なんだよ。泣き虫」
「……や。……別に、なにもない、けど」
無意識に溢れた呼びかけに答える声はいつも通り。素っ気なくて、近寄りがたい空気を醸し出しているのに、触れる目の色だけが違う。
思わず萎縮してしまうような鋭いものじゃなくて、淡く降り積もる雪みたいな、どこか優しい──。
「宙?」
大地の瞳に浮かぶ普段と違う色を覗いていた宙は、不意にかけられた声にぱちりと瞬きをして、声の方を振り向いた。
「大樹。お疲れ」
「ありがとう。こんなところでなにしてるの?」
「あ、えっと……散歩、みたいな……?」
待っていると言った手前、まさか退屈していたなんて言えない宙が、下手くそな嘘で誤魔化そうとする。きょんとした大樹に息を吐いた大地が、わたわた慌てる宙の背中を押した。
「退屈してたんだろ。あんまり待たせてやんなよ」
あいにく運動神経のよくない宙は、遠慮ない大地の力に押されるまま前に飛び出し、止まれずに大樹の腕に収まる形になった。
かぁあっと、身体中の熱が上がっていくのが分かる。
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