2791人が本棚に入れています
本棚に追加
/232ページ
震えない喉に手をあてる宙は、不思議と冷静な頭で考えていた。
もしかしたらこれは、代償なのかもしれないと。
「あなた、声……」
「(うん。そうみたい)」
「とりあえず病院行きましょう。学校には連絡してくるから、出かけられる用意していて」
「(でも、母さん仕事は──)」
慌てふためいた母の背中が、宙の言葉を待たずに扉の向こうへと消えていく。パタンと閉じた扉に、宙は力が抜けたように腕を落とした。
いっそ不気味なほど、気持ちが落ち着いている。声が出ないなんて大変なことなのに、宙はどこか安心していた。
だってこれでもう、勝手に溢れてしまうことさえ出来ない。
──きっと、必要な代償だったんだ。
階下で聞こえる母の足音を遠くに、宙はぼんやりと窓の外を眺める。宙の唇が淡く、弧を描いた。
最初のコメントを投稿しよう!