視線の先

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「心因性、失声症……?」  白に囲まれた診察室に、母の呆然とした声が響く。  幼い頃から通う耳鼻科の医師に紹介された心療内科で待つこと1時間。他の何より緊張する時間を過ごしたであろう母から、すっと力が抜けていくのが分かった。 「喉の異常や疾患はないのに、声が出なくなる病気のことです」  一見ツンと冷たそうに見える医師が、母の動揺を宥めるように柔らかく笑う。小児科医だと偽ることさえ出来そうな、完璧な笑みだ。残念ながら、病気という単語に愕然とする母には効かなかったようだけど。 「……心因性というのは、……」  意味なんて当然分かっているだろうに、縋るように医師へ詰め寄る母の姿が、宙の心臓をキリキリと締め付ける。  幼馴染への失恋が原因だと思う、なんて口が裂けても言えなかった。 「心理的ショックや過度なストレスが原因になっている、という意味です。服薬での治療も可能ではありますけど、宙くんの場合はちゃんと食事も摂れているようですし、カウンセリングを中心に治療していくことになると思います」
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