視線の先

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「では、このままカウンセリングの予約を入れようと思いますが……ご都合はいかがでしょう?」 「あ、大丈夫です」 「なら、すぐに話を通しておきますね」 「よろしくお願いします」  束ねることも忘れた母の長い髪が、するりと肩を抜けて垂れ落ちる。遅れて頭を下げた宙に、医師の軽やかな笑い声が降りかかった。 「一緒に治していきましょうね」  眩しいほど感じのいい笑みに息を詰め、罪悪感を押し込めて、宙も笑顔を返す。母と連れ立って診察室を出た宙は、次の患者が入っていく扉を見つめ、心の中で頭を下げた。 ──……ごめんなさい。  本当は、治らなくてもいいと思ってるんです。大樹が思い描く“友達”でいるために、溢れる気持ちの出口がなくなったことに、心底安心しています。相談も、最初からするつもりなんてありません。 ──なんて言えるわけないし、言っちゃいけない。
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