視線の先

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* * *  大袈裟なほどに心配して側を離れようとしない母から逃げるため、宙は病院から帰るなり、疲労を口実に自室へ逃げ込んだ。物の少ない、シンプルだけど個性も何もない部屋が、静かに宙を出迎えてくれる。 ──……疲れた、な……。  ふらりと、まるで導かれるようにして、宙はベッドに倒れこんだ。馴染んだ柔らかさと心地よさを深く吸い込んで、ごろりと寝返りを打つ。  見慣れた高い天井が、白で統一されたカウンセリング室を思い出させた。 「無理には聞き出さないけどね。言葉や想いを我慢することは、君の心を否定することと同義だ。良ければ覚えていて」  カウンセリングとは名ばかりの時間だった。他愛ない話に核となる質問を織り交ぜながら経過した30分。肝心なことは告げないまま退室しようとした宙にかけられたのは、そんな綺麗事だった。
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