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「声が出なくなったって、朝おばさんから聞いたときは驚いたけど……。思ったより普通で、安心した」
ことんと、ベッドに後ろ頭を預けた大樹が、冗談ぽく笑いながら宙を見上げる。普段では絶対に見れない上目遣いに、宙はつい視線を逸らした。
髪とシーツの擦れる、大樹が頭を起こす音がする。
「おばさんに聞いたよ。……心因性、なんだって?」
「(っ……)」
「ストレスとかそういうのが原因ってことなんだよね。なにか心当たりとか……ないの?」
心臓が、びくりと跳ねた気がした。猫っ毛の黒髪しか見えない状況に安堵すればいいのか、問われた内容に緊張すればいいのかさえ分からなくて、息が重くなる。
宙はこくりと喉を鳴らしてから、振り向かない大樹の肩を指先で軽く叩いた。
不思議と、緊張を孕んだ大樹の目が宙を向く。
温かくて優しい、名前の通り木漏れ日みたいなその目が好きだったと。宙は言えない心当たりに目を伏せて、緩やかに首を横に振って見せた。
大樹が困惑したように、ふるりと睫毛を震わせる。
「ずっと、我慢してることとかは……」
「(ううん)」
「……本当に、ないの?」
まるであって欲しいかのような、もしくはあることを確信しているような大樹の様子に、宙はただ首を横に振り続ける。
最後にそう……と小さく呟いた大樹は、訝しむ宙に取り繕うような笑みを見せた。
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