視線の先

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「もし心当たりがあるなら、何か協力出来るんじゃないかなあと思って。ごめん、嫌な聞き方したね」 「(や……うん、大丈夫……)」  眉尻を下げて困ったような顔をした大樹が、宙の反応を待つことなくふいっと顔を背ける。そのどこか余所余所しい態度を、宙は問い詰められなかった。  大樹にも心当たりがあるような素振りを、怖いと思ってしまったから。 「……、そういえば。大地にも宙のこと、話したよ」  自然と口を開くことを躊躇って生まれた沈黙を誤魔化すように、大樹がさらりと言葉を落とす。  振り向かない彼は、鞄の肩紐を不器用に指に巻きつけていた。 「俺も詳しく知らなかったし、声が出ないらしいとだけ伝えたんだけど。珍しく言葉に詰まって、慌ててたみたいだから。多分もうすぐ……」  2本重ねた肩紐を巻きつける手を不意に止めた大樹が、顔を上げるなりじっと扉を見つめる。物音に耳を澄ませる動物のようなそれに、宙は訪問者を知った。  秒針の音だけになった部屋に、階段を上がってくる荒い足音が響く。 「……入んぞ」  ノックと一緒にそう声がかかったのは、扉の前で足音が止んでから、たっぷり10秒は経った後だった。
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