いつもの瑠璃と

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いつもの瑠璃と

 大きなあくびと共に現れたのが瑠璃である。ここが実家だと思っているのだろうか。冷蔵庫を勝手に開けて中にある魚肉ソーセージとか、カルパスとかを頬張る。それは全部お父さんとお母さんが酒のつまみに使うやつなのに。  「あんた高校生なのにさー。酒でも飲むつもり?ところで今日も泊まって行くの?」  私は怪訝に瑠璃につめよる。  「さすがに同じ部屋ではもう寝れないよねー。子供の頃は一緒にお風呂だって入ったのに。」  「恥ずかしい事いわないで。」  私は水色のパジャマ姿で枕を抱きかかえていた。  両親が留守がちだった私の自宅に、当時隣に住んでいた瑠璃がちょくちょく遊びに来るようになって、気が付いたら小学生中学生と、当たり前にいつも一緒にいるようになった。部屋の合鍵も両親から渡されていたから、出入りは自由にさせてもらえていた。  瑠璃の両親は転勤族で出張も多い。若いベビーシッターや家政婦なんかに家事の大半を任せると、夫婦二人そろって帰りが深夜時間ということも多々あった。だからそういう瑠璃が寂しくないのだから、瑠璃の両親もこの事は目をつむっていたし、私の両親も本音としては年頃の娘とお隣さんの息子さんが始終一緒に過ごす事に抵抗が無いわけではなかったが、気が付けばいつのまにか家族のようになっていて、いつしか、瑠璃の好物がいつも冷蔵庫に用意されるようになっていた。  私の家族が新しいこの新居に移ってからは、少し距離が離れてしまったから、会う回数は随分減った。でも瑠璃はこの海の見える丘まで、時々自転車を走らせて会いに来る。いや、ご飯を食べに来ている。  「今日ももちろん泊まってく。」  瑠璃は風呂上りで、まだ服を全部着ていない。上半身裸で肩からバスタオルをぶら下げた状態で、冷蔵庫から取り出したサイダーのペットボトルの蓋を勢いよく回す。  「うわっ」  サイダーの中身が溢れ出て来る。みるみるうちに噴き出して、中身の半分くらいが外に出たくらいで、やっと溢れるのが止まった。  「なにやってんの?」  私は少し苛立ちながら、雑巾や布巾をかき集めて台所のサイダーまみれの床をぬぐう。  「ごめん。」  瑠璃は私に謝る。  「いいよ。それより早く服着てくれないかなぁ」  私は少しうつむき加減になる。幼い頃からずっと見慣れていたはずなのに、最近は直視ができない。  「へー。そんな風に俺を見るんだ。」  「え?」  「男として見てる?」  「そんなわけないじゃない。ただハダカで居るところ、両親にでも見られたら誤解されるでしょう?」  そこに母親が声をかける。  「楓ーもうお風呂入った?」  「これから入る!」  「瑠璃君は?」  「僕はもう入りました!」  そんなやりとりをしつつ夜が更けて行く。  「あなたは男っていうより、男の子、です。」  私はやりとりの続きをけしかけた。  「子供扱いなの?」  「私達、子供じゃない。」  「そうだけどさー。でもほらもう後何年も経たないうちに成人式だし。」  「成人したくらいで大人になれるのかしら。」  「当り前じゃん。酒もタバコもOKになる。そしたら大人だよ。」  「わかってないなー。」  「何を?」  「大人になるって、そんな薄っぺらい事じゃないと思う。おやすみ」  「え?もう寝ちゃうの?ゲームしようと思ってたのにー。」  「こ ど も」  「うわー腹立つなー。いいよ一人で遊ぶよ。」  「ご自由にどうぞー」  私は心の中に住んでいる伸二の事を引き合いに出しながら受け答えする。瑠璃は未だ伸二の存在は知らない。私の中ではぐくまれた大人の男性像は伸二だ。力強くてお金があってお洒落で会話が上手で私が知らない大人の世界を沢山知っていて、そして私の心を見抜いたかのようなプレゼントをくれる。  「あーお前、なにこのワンピース!!」  伸二が買ってくれたワンピース、部屋で飾っていたのを発見された。  「勝手に入らないでよー。私の部屋。」  「どうしたの?このワンピース」  「買ったの。」  「嘘だ。こんな高そうなの買う金ねーじゃん。」  「いいからほうっておいて。私の部屋になにしにきたの?」  「ゲームのカードが見当たらないから探しに来ただけじゃんか。」  「これ?」  私は人気のゲームのカードを手渡す。  「あーこれこれ。」  「子供か。」  私はあきれながら頭をかく。  「え?じゃぁ楓だってなんでこれ持ってんだよ。」  「それはそのー」  「ほら、結局遊んでたんでしょ?」  「そうだけどー」  「じゃぁ寝る前に一戦。お願い!!」  「もー仕方ないなー。」  私はしぶしぶ居間のテレビの前に引きずりだされて、瑠璃とゲームを始めた。気が付いたら深夜を随分と回っていた。二人とも熱中すると止まらなくなる性格なのだ。  「もう寝る?」  私はさすがにくたびれてきたので瑠璃に寝るように促す。  「明日の小テスト。」  瑠璃は私の目を真剣なまなざしで見る。  「は?」  「明日の小テスト、10点満点とらないと居残り勉強なんだよねー。」  「え?あの先生そんなに厳しかったっけ?猪頭教頭だよね。」  私の高校では保健体育の指導は教頭が取り仕切っている。  「お前休んだから知らないと思うけどさー。前回の小テストがあまりにもみんな成績悪くてさー。教頭めっちゃ舐められてんじゃん。うちの学校で。だからみんな勉強しねーし、くっちゃべりながらテスト受けてさー。ついに教頭ブチ切れたんだよ。黒板にチョーク思いっきりたたきつけてさー。」  「そんな事あったんだ。(あたしの女の子の日が来たときだね)」  「ん?」  「いやなんでもない。」  「で、明日の小テストはそんなわけで、満点とれなかったら、全員補習。」  「保健体育で?ありえなくない?」  「だってさー。教頭はバリバリ権力者だしさー。俺達逆らえねーじゃん。」  あきらめ顔で瑠璃はゲームのコントローラーをテーブルの上に置くと、教科書を取り出して勉強を始めた。  「もう寝るよー。」  さすがにもう夜中の2時をまわっていて、とても私は勉強する気力はなかった。  「ヘモグロビンって・・どうやったら赤血球と紐づけて覚えられっかな。」  「なんかグロいキーワード出たら、全部赤血球って答えたらいいじゃん。」  「そうか!その手があるな。」 ***  結局私達は明け方の4時頃まで二人で教科書をひっくり返しながら勉強をした。言うまでも無く翌朝は二人とも学校を遅刻して先生からかなり怒られたが、保健体育の小テストは満点だった。  「無事解放ー」  私は背伸びしながら瑠璃と一緒に帰り道を歩く。  「剣星とか、良哉とか、みんな残されてたな。クラスの半分が補習って。酷くね?教頭。何人かばっくれた奴いるけど、どうなるんだろうあいつら。」  「知らない知らない。なーんにも知らない。」  私はすっきりと深呼吸して歩く。  「じゃぁ俺、今日は家帰る。」  「あれ?うち来るんじゃないの?」  「あ、ごめん。予定っていうか用事っていうか。俺、バイト始めたんだ。」  「え?すごいじゃん。てか、働く意欲あったんだ」  「・・俺だっていつまでも子供じゃいられない。」  瑠璃は手を振って私と別れた。私は独りぼっちで家に帰る事になった。いつもだったらこのままあの坂を二人で登って、私の家に帰って、瑠璃は冷蔵庫を開けて勝手に私のヨーグルトやゼリーを食べて・・。  「子供とか言わなきゃよかったかな。」  私はそんな事を思いながら振り返る。海に沢山の船が浮かんでいる。港町の風景。私はそんな景色を暫く眺めながら、とても眠い事に気が付いた。帰ったら一回昼寝しよう。
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