intro

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『バンドをやってるやつはリア充』  そんな幻想がいまだに蔓延(まんえん)しているのは、どうしてなんだろう。  事象を正確に捉えるなら、『リア充どもが楽器を持って舞台に立つ』だ。  あいつらは、なんか、弾けもしないくせに、叩けもしないくせに楽器を持ちたがる。  サッカー部とか、野球部とか、恋人とか、他に充分リアルを充実させるものがあるというのに、何故かバンドにまで手を出すのだ。  そして、簡単だからという理由だけでスピッツの名曲『チェリー』を学園祭で演奏する。  それが今、おれの目の前で繰り広げられている光景だ。  クラスメイトたちがぬるめの温度感で「いえーい」とか言ってる。  大して盛り上がっているわけでもないし、多分、あれを理由にモテるやつなんて、本当はいない。  あったとして、元々モテてるイケメンが「超かっこよかったよー」とか話しかけられるくらいだろう。クソだ。  高校一年生の学園祭。  普通の教室に簡単な舞台を作っただけの、音響もむちゃくちゃでボーカルの聞こえないロック部の演奏を見ながら、おれはなんだか虚しい気持ちになっていた。  歌の聞こえない、ヘラヘラと笑いながら演奏された『チェリー』が終わる。  ぬるい拍手とぬるい歓声。  だけど、次に舞台に上がった女子を見て、喝采が起こる。  アコースティックギターを肩にかけ、凛とした姿勢で壇上に上がった美少女は、クラスメイトの市川天音(いちかわあまね)だった。   「天音、歌うますぎるよね」 「可愛いし、性格もいいし、完璧すぎる......」  近くの女子連中が、市川のことを褒めそやしている。  なんだか、少し面白くない気分になる。 「えー、バンドのあとに弾き語りでちょっと照れるんだけど、歌います!」    期待に胸が膨らむ。   「それじゃあ、一曲目は......」  有名女性歌手のカバー曲の演奏が始まる。  教室中が感嘆の声でいっぱいになる。 「うまい......」 「可愛い......」  そんな中、おれだけが。 「そうじゃねえだろうが......」  小さく吐き捨てていた。
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