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やば。
Bluetoothの接続がされる前に再生ボタンを押してしまったらしい。
途端に、市川がこちらに身を乗り出す。
「ねえ! その曲、誰の曲!?」
「別に、誰の曲ってこともないけど......」
しどろもどろだ。
いつの間にか目の前にいる市川。ギターは机の上に置いてある。
ちょ、近い近い近い近い......!!!
市川は、おれのスマホを向かい側から覗き込もうとする。
「誰の曲ってこともないって何? 誰かの曲なんでしょ?」
指がもつれて再生を止められない。
音楽が流れ続けている。
「そ、そんなに、きょ、興味持たなくても」
舌ももつれる。
ダサい。
おれは、取りつくろうように、言った。
「大した曲じゃ、ないし」
そう言った途端、市川がキッとこちらをにらむ。
いやだから、近いんだってば。
「大した曲じゃない、って、なんであなたが言うの?」
あなた。
そうか、こいつの二人称は『あなた』なんだよな。
なんて、ひどく場違いなことが頭をよぎる。
「どんな曲だって、作る人が魂込めて作った大事な大事な曲なんだから、大した曲じゃない、なんて、作った人以外言っちゃいけないと思うんだけど?」
おれの意識が一瞬それている間に、市川の怒りがヒートアップしている。
いや、そうじゃないんだ。
あと近い。
「現にこの曲、すっごく良い曲じゃん」
おれのスマホの上の方を人差し指で抑えて、地面と水平にする。
画面に出ていた文字を見て、市川の動きが止まる。
「え、これって......」
ふう。
もう、言い逃れできない。
「そうだよ」
画面に出ている文字は『DEMO / 小沼拓人』
「この曲は、おれが作った曲だ」
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