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その時、店の自動ドアの前でこちらを見て立っている、ブラウンのスーツを着た中年の男性に気づきました。
本当なら自動ドアの前に立てばドアが開いて、店内に開閉を知らせる音が鳴るというのに、自動ドアは一向に開きませんでした。
故障したのかと思い、私が自動ドアを手動で開けようと近づくと、自動ドアは私を認識して開きチャイムが鳴りました。
男性は店に入って来て、予約ケーキが一つだけ置かれたショーケースの前で立ち止まりました。
「いらっしゃいませ」
私は頭を下げながら、ふと横を通り過ぎる男性の服に目をやると、泥や砂で汚れていることに気づきました。
靴も泥だらけでした。
「すみ…せん」
今にも消え入りそうな声で、男性は少し顔を振り向かせ私に言いました。
左手には携帯電話を持っていて、声を聞いた時に例の電話の人だということが、なんとなくわかりました。
「は、はい。少々お待ちください」
私は慌ててレジの方へ向かいました。
「……〇島です」
こんなに近くでも、〇の部分が聞き取れませんでした。
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