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私は涙をぬぐい、傘をたたむと、着物の裾を少し持ち上げながら玄関の引き戸を開けました。
建て付けが悪くなった戸はガラガラと大きな音を立て、玄関わきの庭からは露草の香りが漂い、それは少し懐かしくもある感覚でした。
結局、あの愛しい人にこの手紙を渡せずに、戻ってきてしまいました。
私にはもうあの愛しい人に逢う気力さえ残ってはいなかったのです。
泣いても仕方がないですね。
世の中がすべて水で覆われていたならば、こんな風に涙を流さなくても良かったのかもしれません。
しとしとと降る雨が涙を隠してくれたのだけが唯一の慰めでした。
「聞いているのですか?貴方。そんな小さな金魚鉢で優雅に泳がずに、私の話を聞いて欲しいのです。聞いているのですか?」
「・・・・・・・・・・」
「え?誰に話しかけているのかって?それは貴方です、金魚の貴方です」
「・・・・・・・・・・」
「え?金魚って一体誰かって?貴方ですよ、貴方は金魚じゃないですか。今更何を言っているのですか?」
「・・・・・・・・・・」
「はい、そうです。貴方は金魚です」
「・・・・・・・・」
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