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戦争は終わり、時代はどう変わるのでしょうね。
遺骨さえ見つからなかった旦那様はお国の為におそらく立派な最期だったのでしょう。
それに比べて私は旦那様の心を裏切り、あの愛しい人との逢瀬を重ねてきた非国民です。
空から降る雨はきっと旦那様の涙なのでしょう。
貴方から見える景色は、石と、壁だけですか?
そこから私の顔は見えますか?
貴方は何を見て生きているのですか?貴方の目が良かったとしても、貴方には私の顔が見えません。
私の顔は、無いに等しいのです。
何故無いのですかって?そんなことお聞きにならないで下さいませ。
無くてもいいからです。私は母親です、旦那様もいました。かわいい息子もいます。
恵まれた縁談を経て、旦那様の妻となりました。
そして家族からも友人からも、愛されておりました。
息子が小学校へ通いはじめ、義母様がお茶会に出かけけるようになり、
私は一時の孤独を感じていたのかもしれません。
でも、あの祭りの日から貴方とお話をすることが私の日課となりましたね。
貴方は神様がいると信じますか?前世や輪廻転生、仏様、ご先祖様の霊、あると思いますか?私は全てを否定したくはありません。
だからこうやって貴方とお話をするのです。
あなたはきっと誰かの生まれ変わりなのでしょう。
誰かが私を見たら、きっとおかしいと思うでしょうね。
小さな金魚鉢の小さな金魚に話しかけているのですから。
でも貴方には言葉がなくても「生命」があります。動物も、虫も、花も、雑草も生きているのですから。
その生きている中の一つにすぎないのが、人なのですね。
命を落とさなくてはいけない戦いとは何なのでしょう。
今から私は貴方だけに告白します。いいえ、告白ではないのかもしれません、これは遺言です。
後に残ることのない、貴方の泳ぐ金魚鉢の中の泡のように、それは一瞬にして消えてしまう、儚く悲しい思いを綴った遺言です。
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