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ライ・ウイスキーを開けるとき
僕は今日、彼女の来訪を全く予期していなかった。
だから一人暮らし用の我が家のソファに寝転がりながら本を読んでいる最中にインターホンがなった時、僕は心臓が破裂するくらいに驚いた。
急な来客や宅配便くらいでそんな簡単には驚かない。
ただ虫の知らせのような、僕がちょうど読んでいた本の一文がその悪い予感を助長させたのだ。
「耳と目を閉じ、口をつぐんだ人間になろうと考えた」
これからこのドアをくぐる人間が、僕をそんな風にさせるのかもしれない。そんな中二病チックな妄想はしかし、あながち間違いではなかった。恐る恐る玄関のドアを開けると、そこにはあの人が立っていた。「ごめんね...こんな遅くに」
その人の名前を明かすのは、少し勇気の要ることだから、僕はいつも心の中で「あの人」とか「彼女」とか、そういう第三者の目線で語るのだが、兎にも角にも、ライ・ウイスキーの瓶を提げたその人は、悲しい微笑を浮かべていた。
「いや、良いんだけどさ...まあとりあえず上がりなよ」
そう言って僕は部屋へと戻る。1LDKの一人暮らしにぴったりなこの狭い廊下が、この時ばかりはなぜだかとても長く、そしてとても広く感じた。
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