止まっていた刻。

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 一琉は俯き、顔を上げぬまま口を開く。 「千里が、御免なさいって言われるのは千里も嫌だって……でも、有り難うなら大丈夫って……だから、改めて御礼を言いに来たんだ。有り難う、晴臣」  顔を一瞬だけ上げた一琉。俯く頭から見える耳は赤くて。晴臣も妙に体が熱くなってくるのが分かった。何であろうか、此の動悸は。 「ど、どう致しまして……」  言いながら、顔を僅かに背けてしまう晴臣。 「はい。では、御用はこれだけですので……参りますか、若」  早々に引き揚げ様と、促す千里へ少し躊躇う仕草を見せた一琉であったが。 「あの……うん……」  最早染み付いている素直な一琉の返事。晴臣は黙って見送るつもりであったのだが、ふと己の傍らに在る包みが視界へ入った。 「あ……千里、彩が見舞いをくれたんだが、食べて行くか?」  一琉ではなく、千里を引き留めた晴臣。千里が興味を示し、振り返った。 「何ですか?」 「おはぎだそうだ」  千里は其の答えに少々迷いつつも。 「頂きましょう。さ、若も」 「うんっ!」  再び腰を下ろした。其の隣に一琉も嬉しそうに。重を開くと、おはぎが綺麗に並べられている。晴臣と千里は其の一つを手にし、先ず己等が賞味した後、一琉へ促した。彩が何する訳でも無いのだが、此れは最早条件反射なのだ。暗黙の許しを得、おはぎを頬張る一琉の御機嫌な様子に、晴臣の口元が僅かに和らいだ。 「美味いですね、手作りですか」 「恐らくな」  素直に褒める千里へ答える晴臣。 「良い嫁さんになるでしょうな」  千里が手にするおはぎを眺め、呟く。 「だろうな」  静かに肯定した晴臣の言葉に、一琉の顔から笑顔が消えていった。
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