光と影。

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 此処葵の国には、隣国との不安定な関係を警戒し、代々世継ぎの無事の成長を守る為に影武者を置く事としている。世継ぎとして認められた若君は本城を離れ、時を見定める迄人知れず育てられるのだ。  現在世継ぎとして、護衛と僅かな側仕えと共に地味な屋敷で暮らすのは、菊丸(キクマル)と名付けられた男子。母は側室ながら、主君より一等の寵愛を勝ち取った聡明で美しい姫であった。其の母に似て美しく、利発な菊丸だが、何一つ不自由は無いものの、大きくなるにつれて己の立場を理解してはいても、此の寂しい環境に一琉とは又違った成長を遂げていた。 「――先日お伝えしました影武者、一琉様の件ですが、御家騒動の可能性も視野に入れて調査しておりまする」  そう言い、跪いている二人の男の側には、弓を引く美しい青年の姿。一琉と同じく女子の様に繊細で美しい容顔に白い肌としまってはいるが細身の体。一琉と違うのは、少々気丈に見える冷たい瞳だろうか。持っている雰囲気も、真逆と言って良いかもしれない。  放たれた矢が的へ刺さる小気味良い音が響く。 「夕霧は此処最近は静かであったが……千早(チハヤ)殿か」  心当たる者の名を口にする菊丸。其れは、母と同じく父の側室へ召し上げられた女の名だった。菊丸の母、椿(ツバキ)が来る迄は、千早が後宮にて権勢を振るう程寵愛を受けていたのだが、主君の寵愛は椿へ注がれる事となった。生れた子を直ぐに世継ぎと定める程に。千早にも息子がいたのだが、中々主君が煮え切らぬ内のどんでん返しであった。恨み辛み、妬み嫉みは計り知れない。 「其の可能性も勿論、視野にいれておりまする」  側でそう答えるのは、菊丸の護衛兼側仕えの氷雨(ヒサメ)。其の隣へ控えるは双子の弟、白雨(ハクウ)。双方、瓜二つの鋭く強い瞳が特徴の美しい青年だ。幼い頃より菊丸に仕え、其の身を守るべく、生まれ持った才を常に磨いて高みを目指して来た武士である。
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