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序
生まれたその時から、僕は少女と共に育った。母と自分にしか視認できないその娘は口を利くことはできないけれど、その分雄大に表情を変えるものだから、意思疎通に困ることはなかった。母は彼女のことを「乙女さん」と呼んでいたから、自然と僕も同様に呼ぶようになった。乙女と母は本物の母娘のようで、二人が並んで桜吹雪の元に立つ姿は得も言われぬほど美しかった。
ずっと幸せが続くと、幼い僕は信じて疑わなかった。しかし、甘い夢は呆気なく覚めてしまったのだ。
自分のことを憐れむつもりはない。この能力が僕に宿ったことにはきっと何か意味があって、だから乙女も僕と共にいてくれるのだ、と思う。それでも、無い物ねだりをしないことはできなくて。
もし、僕に力がなかったら。
もし、乙女が本当のきょうだいだったら。
もし、母が「異端」ではなかったら。
もし…。
もし………。
……………………………………。
もし、母が殺されなければ。
選択の時は迫っている。僕は選ばなければならない。母と同じ道を往くか、友を裏切ってでも、同胞の許へ身を寄せるか。異端たちは、僕の好きなようにすればいいと言う。友には僕の立場をまだ伝えられずにいる。
その時まで、あと五年。
きっと月日は吹くように過ぎてしまう。
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