一、初恋人魚

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 僕がきみに出会ったのは高校生になったばかりの春のことだった。  忘れもしないあの古ぼけた教室で、窓には散り惜しんだ桜が未練たらしく枝先にしがみついていて、風流というよりちょっと薄汚い感じに残っていたから、僕はもういっそのことみんな散ってしまえばさっぱりするのに、なんて思っていたんだ。  きみは覚えているか。  えっとほら、確か川口だか河原だかいう名前の中年で、なんだか羊じみたあの男。たぶん数学教師だったと思ったが、とにかく僕はあいつが喋るともうそれだけであくびが止まらなくなってしまうんだ。おかげで僕は初等数学の公式だか公理だかまあとにかくそういったものを、今じゃあもうほとんど覚えていない。でも別に構いやしない。どうせあんなもの、僕が生きていく上ではなんの役にも立ちゃしないんだしね。  そうそれで。その数学教師がなにやらむにゃむにゃ喋って、僕らは一人ずつ順番に席を立って自分の名前を言わされることになった。  年度初めの自己紹介ってやつだ。     
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