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塩素の匂いが鼻をつく。
懐かしさを覚えたのは、小学校や中学校のプールの授業を思い出したからだ。
ガラス張りの天井を見上げていた僕の首に、大柄な男の腕が回る。
これから職場となるこの屋敷にやってきてから、まだ数十分しか経っていない。
その間に、同僚となる彼の性格はなんとなく分かっている。
「人魚がさ、一匹泳いでるんだよ」
「プールに人魚ですか?」
耳元で内緒話でもするように言った彼は、にやけた面を僕に向けながらうなずいた。
「そうそう、こーんなに大きなやつ」
萩原さんは両手いっぱいに広げて見せる。
このプールには、金持ち用に品種改良された愛玩用の金魚でもいるのだろうか。
しかも、塩素をものともしない強靭な金魚が。
「彼女はプールを訪れた人間を誘惑し、屋敷に閉じ込める人魚だ。お前も気をつけな」
「はあ」
よく考えれば当たり前だが、やはり冗談らしい。
それにしても、つまらない戯言だ。
僕の冷めた反応が気に入らなかったのか、萩原さんに胸を小突かれた。
この人は根本的にいじめっ子体質だと思う。
せき込みながら彼の顔をうかがうと、楽しそうに僕を見て笑っていた。
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